船で人間の村に近づき、襲おうとした病気のカムイ(神)をウサギのカムイが追い払った。白老町にそんなアイヌ民族の神謡が残されている。「アヨロのコタン(村)に行くな」といった歌詞のウポポ(座り歌)もある。江戸期の出来事と思われるが、白老のアヨロ海岸などにあったコタンで疫病がまん延し、その恐ろしさと警戒を歌や物語で子々孫々へ伝えようとしたのだろう。
ウサギの神謡に船が登場するように、航海技術の進展は伝染病のグローバル化を招いた。中世以降の大航海時代、人の移動が格段に広がると、天然痘やコレラなども世界共通の病になった。文明の発達と疫病の拡大は表裏一体。アイヌ民族も和人などとの交易でもたらされた天然痘に命を奪われ、壊滅したコタンもある。
中国で最初の感染者が確認されてから、瞬く間に世界を恐怖と混乱に陥れた新型コロナ。ウイルスは、より発展した人の移動のグローバル化に付け入り、驚異的なスピードで増殖に成功した。今は有効な薬を待ち、誠実に予防に徹するしか勝ち目はない。
感染拡大の現状は当初のウイルス軽視や初動の水際対策の甘さにある。アヨロのアイヌ民族は悲劇の記憶と教訓から船を決してコタンに近づけさせず、沖の岩礁に停泊させた。徹底した水際対策で命を守ったのだろう。その岩礁はレプンクットマリ(沖の人の船着き場)の名で今もある。(下)