被爆者の故国重昌弘さんの体験を語る伝承者の峠朱美さん=2月4日、広島市中区の広島平和記念資料館 広島市は2012年度から、被爆者の体験や平和への思いを後世に語り継ぐ「被爆体験伝承者」を養成している。自らの体験を語る「被爆体験証言者」は、戦後80年の今年4月1日時点で29人まで減り、平均年齢も87・6歳と高齢化が進むが、伝承者は約240人に増え、地元や全国各地の学校などで活動している。
▽実相を後世に
「恐る恐る両手で顔を触ってみたら、左の頰の皮がぶら下がっていた」「家に帰り、両親がそろって迎えてくれて、ほっとしてうれしかったのと痛いのとがごっちゃになって大きな声で泣いた」。14歳の時に爆心地から約2キロで被爆し、顔と左腕にやけどを負った国重昌弘さん(22年に91歳で死去)の体験を伝える講話が2月、市内の広島平和記念資料館で行われた。
伝承者は峠朱美さん(74)=広島市西区。約10人の聴講者を前に、写真やイラストを使いながら約1時間話した。
峠さんは「戦争の犠牲になるのは、弱い立場のお年寄りや子ども、市民。被爆の実相を伝え、平和を守っていくことに少しでも力になれば」と自身の思いも語った。
▽広げたい活動
伝承者になるには約2年の研修が必要だ。被爆の実相や話法技術を学び、伝承したい証言者を決め、証言者とミーティングを行った上で、約1万字の講話原稿を作成する。市平和推進課の担当者らとの内容確認を経て、実習を行い、市の外郭団体から活動の委嘱を受ける。
峠さんは「原稿にインパクトがないと言われて何度も書き直し、挫折しかけた」と研修時代を振り返る。今では派遣講話で学校から指名されるようになり、「平和学習に貢献できているという幸せを感じている」。英語で伝承するのが夢だ。
伝承者の派遣講話は増加傾向で、24年度は広島市内で533件、市外で539件。ただ伝承者が増えたのに伴い、伝承者から「活動の機会が少ない」という意見が市に届いているという。市の担当者は「証言者がいる今(伝承者を)養成しないと」と述べ、「派遣を増やすしかない」と活動の場を広げたい考えだ。
▽家族が語り部に
市は22年度から、被爆者の体験を家族が語り継ぐ「家族伝承者」の養成にも乗り出した。今年4月1日時点で委嘱された人は39人。市は「幅広い被爆体験を掘り起こすため、語り部活動をしていなくても、家族になら話せるという人の体験を後世に伝えたい」とする。
伝承者の細川文子さん(67)=広島県東広島市=は、23年度から叔母の体験を語り継ぐ家族伝承者としても活動する。聴講する子どもに、体験を話したくない被爆者もいると伝えると驚かれ、「話を聞けて良かった」と言われるという。「(子どもたちが)核兵器が使われた後の、人の心にまで思いをはせ、叔母が(体験を)話してくれたことを貴重だと感じているのでは」と語る。
市は昨年9月から、被爆者の体調を考慮し、家族伝承者と証言者の募集期間を、従来の5月1カ月間から通年に拡大。担当者は「被爆者の協力あっての事業。負担を軽くできる取り組みがあればどんどん取り入れたい」と話した。