穂別に来てとても感心したことの一つが、「一点豪華主義」で暮らしている人が多いことだ。
「一点豪華主義」というのは昭和時代に生まれた言葉だが、「暮らし全体は質素なのに、自分がこだわりを持つ特定の何かには出費を惜しまない生き方」というような意味だ。穂別には、「お芝居が大好きで東京まで見に行く」「離れを防音室に改装してバンドの練習をしている」「大きなバイクを何台も持っている」といった”隠れたこだわり”を持っている人が結構いる。その人たちは普段は飾り気がまったくなく、ふとしたきっかけでそんな話をしてくれるのだが、「これがそのバイクですよ」などと写真を見せてもらいながら、私はいつもビックリするばかり。
こんな生活ができる理由は、大きく分けて二つあるだろう。一つは、穂別の暮らしでは東京のように高い家賃、外食代、通勤の交通費などがかからないので、日ごろは生活費を抑えることができるから。そしてもう一つは、この人たちは「普段も東京でミュージカルを見ているときみたいに、おしゃれして過ごさなきゃ」などと見えを張ることがまったくないからだ。
作業服のまま診療所に着た人が、「帰ったら仲間とピアノ弾くんだよ」などと当たり前のように話す。「好きなことにはふんだんにお金と時間をかける。でもほかのことはなるべくあっさり」という姿勢が徹底している。
穂別の人たちのこういった生き方に触れるうち、私も「スキのない生活を送らなきゃ」という気持ちがどんどん薄れていっている。先日、東京でトレーナーにズボン姿で、アクセサリーも着けずに友人に会いに行ったら、「ずいぶん変わったね。でも、いいかも」と言われた。
さて、私もだいぶシンプルに暮らせるようになってきたようだ。次の問題は、何に対して「これだけは譲れない」とこだわってお金や手間をかけるかだ。「週末の自炊は全国から取り寄せた食材で」「家に大きなモニターを用意して映画を見る」「スノーシューズは何足もそろえて日替わりで楽しむ」など、いろいろ考えられる。
一点豪華主義をひそかに楽しむ穂別の人びと。「実は私は」とそっと話してくれる瞬間が、私は大好きだ。私もいつか、「私ね、これにはお金と時間を惜しまないんですよ」と自分の秘密を誰かに語れるようになりたい。
(むかわ町国保穂別診療所副所長、北洋大学客員教授)