歌の旋律や詩の好き嫌いに関する年齢の壁は案外低い。1943年生まれの歌が大好きな数学者、藤原正彦さんの「美しい日本の言霊(ことだま) 歌謡曲から情緒が見える」(PHP新書)に教えられた。要は感性の問題なのだ―と。
第2次世界大戦末期から戦後間もなくに生まれた世代は戦争世代の親が歌う歌や、外国から持ち帰った歌が情操の基盤になって、そこに戦後の歌謡曲や70年代のフォークソングまでが乗る。自分が生きた時代以外の曲でも故郷や旅、恋や別れと結び付けて懐かしいと思う感性を持っている。「美しい―」の前書きに59年の「僕は泣いちっち」も登場する。「僕も行こう あの娘の住んでる東京へ~」と、若者を都市へ取り込み、地方の消滅可能性を引き上げ始めた時の歌だ。「なごり雪」や「秋桜(コスモス)」は後期高齢者にはとても―とは思いつつ、つい涙ぐみ、詩の中に自分の過去を探す。
「月の砂漠」が好きだった。金と銀のくらに王子様とお姫様を乗せたラクダが砂漠を行く情景を思い浮かべて歌った。今、砂漠やアラビアという単語に連なるのは夜空を飛ぶドローン(無人飛行機)や迎撃ミサイルの大小の点滅。輝き、砕けて落ちる光がテレビに映り、懐かしい情景も撃ち落とす。悲しい時代だ。(水)