7月16日、夜の10時はとうに回っていたと思う。私は紅海に面するサウジアラビア第2の都市ジェッダのアルサラーム宮殿にいた。岸田文雄首相がサウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子(MBS)の首脳会談に38人もの財界人らを同行させることとなり、私たちは宮殿の大広間に一列に並びながら、両首脳の登場を今か今かと待ち構えていたのだ。
食事を挟んでの会談を終え、両首脳はとても打ち解けた雰囲気で宮殿の大広間に姿を現した。ENEOSの齊藤猛社長を起点として、出光興産の平野敦彦副社長、日揮ホールディングスの石塚忠社長と続き、私は列の4番目に立つこととなった。
岸田首相は経済ミッションとしてサウジに同行した私たちを一人ずつ、バックグラウンドを含めて皇太子に紹介してくれた。今を時めくMBSと目と目を合わせた一瞬。鼓動は高鳴り、二言三言、交わした言葉もうろ覚えだが、握手した手の軟らかさと透明な質感だけは今も強く印象に残っている。
サウド王家の若き継承者は今年37歳。背が高く、ほほ笑みを絶やさず、肌の色艶も抜群だっただけでなく、岸田首相との会談の機会を捉えて日本の主だった財界人を勢ぞろいさせてしまうほどのパワーと格を見せつけたことが感慨深い。当時ほとんど報道されなかったが、実は昨年11月、ひそかに進めていたMBSの来日とビジネス円卓会議がドタキャンを食らったという苦い経験が日本側にはある。今回、陣を整え、MBSとの首脳会談を確かなものにしようと裏で必死に動いたのが経済産業省だ。
G7のパワーの低下が目立つ一方で、グローバルサウスの台頭が著しい。脱炭素の時代とは言え、石油への依存は当面続くし、「石油の世紀」の終わりに向けたソフトランディングの過程で調整役のサウジの影響力はむしろ高まるとの見方もある。MBSはこの先、最も長期にわたって、世界に影響を与える指導者の一人として存在し続けるのではなかろうか。
当社はご縁あって、サウジの大手デベロッパーのアル・サエダンと合弁会社を設立し、来年2月、サウジの首都リヤドの郊外でヴィラ向けのプレストレストコンクリート構造部材の生産を開始する。MBSが旗を振るミドル向けの住宅100万戸供給プロジェクトの一環で、デジタル技術をてんこ盛りにした生産と施工に取り組む。日本とサウジの非石油分野の合弁が極めてまれなこともあって、今回、政府から首相同行を強く勧められた形だ。
合弁のCEOを務めるのはサエダン家の第3世代であるマシャエル女史。サウジの女性ビジネスリーダーの代表格でもある彼女は今、2月の開所式にMBSを来賓として迎えることを真剣に考え始めている。
(會澤高圧コンクリート社長)