(下) にじみ出る精神世界-渡辺貞一

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  • 2023年5月31日

  青森市生まれの渡辺貞一(1917~81)は、48年の苫小牧での個展を皮切りに53年および62年に室蘭、64年には旭川で個展を開催。晩年に近い76年、77年、79年と立て続けに再び苫小牧で個展を開催するなど、北海道ないし当地にもゆかりのある画家といえる。

   生来、病弱だったという渡辺は入退院を繰り返す生活の中、「生」と「死」の世界を見詰め続け、鳥、月、野の花、少女、川原、静物などを主要なモチーフとしながら深みのある色感、透明度の高いマチエール(画肌)、繊細な筆致により、画家の精神世界がにじみでるような独特の世界観を築き上げた。

   背景の黒色とえんじ色の対比が際立つ本作は、描かれた宝石箱とアジサイが暗がりの中から浮かび上がるかのように映る。パターン化された幾何模様に彩られた宝石箱は、薄く溶いた油絵具を幾重にも塗り重ねる手法、グレージングが施されており、あたかもそれ自体が宝石であるかのような輝きを放っている。宝石箱の隣に添えられた一輪のアジサイは、同様の手法で描かれながらも、比較的明るい色調で表されており、宝石箱の持つ静かな存在感を引き立てる。

   渡辺は38年に渡仏、64年に再びヨーロッパを巡遊すると、72年にはスペインとパリ、79年には中国を旅行した。現在当館で開催中の企画展では、スペイン風のキャンドルをモチーフにした異国情緒ただよう静物画も紹介している。

  (苫小牧市美術博物館学芸員 細矢久人)

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