美術の分野からは、「エピソードのある資料」コーナーで展示中の作品を紹介します。この絵の直接のモチーフになっているのは、2019年に当館で開催した特別展「第一洋食店の100年と苫小牧」の際に歴史資料として製作したミートコロッケの食品サンプルです。その料理の写真は、展覧会の印刷物や看板などのメインビジュアルとしても使っていたので、記憶に残っている方もいらっしゃるかもしれません。
苫小牧出身の画家・山田啓貴(1978~)は、調度品や玩具、食品など、自身の思い入れの深い事物をモチーフとするシリーズにより、見る者の郷愁を誘う表現を探求しています。山田は、同展で展示中だったミートコロッケの食品サンプルを見たときに、文化の日に家族と食べたその味の記憶が呼び覚まされ、創作意欲が駆り立てられたといいます。
苫小牧において100年以上前から親しまれてきた第一洋食店は、かつて、芸術家たちが集うサロンのような交流の場でもありました。今もなお、優れた美術品の数々を所有する同店の看板メニューともいえるミートコロッケを、テンペラ(顔料に卵と油を混ぜた絵具)を用いた古典技法によって描いた本作は、その作品名と相まって、苫小牧の文化を象徴するモニュメンタルな様相を呈しています。
初のお披露目となる本展では、モデルとなった食品サンプルと共にご覧いただくことができます。この機会に、本作の持つ“味わい”を、ご自身の目でご堪能いただければ幸いです。
(苫小牧市美術博物館学芸員 細矢久人)