8月12日、むかわ町穂別博物館前の大きな庭で東京パラリンピックの聖火の採火式が行われた。地元の小中学生4人が2人一組で、「マイギリ式」と呼ばれる木の棒の摩擦を利用した火起こしに挑戦した。周囲から「頑張れ!」「あと少しだ」と声援が送られるが、この日の屋外はやや湿り気があり、なかなか火は付かない。30分以上経過し、あらかじめ決めていた時刻になろうとしたその時だった。
「付いた!」―。場内は温かい雰囲気に包まれ、参加した鵡川中学校2年の奥野愛那香さん(14)は「付いたときには心の中で『やったー』と叫んだ」と飛びっ切りの喜びをかみしめた。他の子どもたちも「大変だったけれど、協力して付けることができてよかった」と口をそろえて笑顔。見守った大人たちも「感動した。子どもたち、よくやった」と大きな拍手を送った。
子どもたちの懸命な姿が生み出したまさに「希望の灯火」だった。
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東京五輪・パラリンピックは当初、「復興五輪」と位置付けられていた。2011年3月に発生した東日本大震災をはじめ全国各地で起こる自然災害から、次に向かっていく勇気や希望になるということを発信できるものにしたい―という思いが込められた。
18年9月の胆振東部地震で大きな被害を受けた厚真、安平、むかわの3町も「聖火リレー」を通じて、町民が一丸となって復興に向かって歩む姿を全国にアピールしようと考えていた。
厚真町では聖火リレーに向けて機運を高めようと、ゴール地点となる町スポーツセンター前にエゾヤマザクラの苗10本を地元の子どもたちが植樹。3町とも町民代表の聖火ランナーのほか、地元の子どもたちがサポートランナーとして伴走を務める計画も立てており、本番に向けて準備を進めていた。
しかし、新型コロナウイルスの感染拡大で大会の開催が1年延期。6月13、14両日に予定されていた公道での聖火リレーも1年待ったが、中止になった。大会そのものは開催されたが、町民が活躍する場はなくなり、復興五輪の意味合いは完全に薄れていた。
そんな中、3町で8月12~15日にかけて行われた採火式は、大会の成功、コロナの終息に加え、震災から3年を迎えるまでに受けた支援への感謝、復興への思いを新たにするものだった。3密を避けるため、会場に多くの人は集められなかったが、厚真町では当日、会場と福祉施設をオンラインでつないで開催。安平町は式典の模様を動画投稿サイト「ユーチューブ」の町の公式チャンネルで公開し、むかわ町も町のホームページを使って当日の様子を紹介した。
ある町の担当者は「子どもたちが火をともす行事を通じて、町全体で元気に頑張っている姿を発信し、未来に向かって進んでいけたら」と話す。コロナ禍での制約を受ける中、住民が手を取り合って明るい話題を届けていく。
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