手からファイヤー、何の変哲も無い帽子からコーラが次々と出てくる。持ちネタは200種類以上で、お年寄りや子どもたちを前に見事なマジックを披露。「あっと驚く顔が見たい」と笑顔を見せながら、マジックで人々をとりこにしてきた。

　空知管内由仁町で産声を上げ、新冠町など道内を転々と移り住んだ。小学校3年生の時、両親の仕事の都合で山形県酒田市に移り、中学時代まで過ごした。

　中学卒業後の15歳で、両親からの勧めで東京都足立区のクリーニング店に就職。当時は重さ4キロある鉄製のアイロンを使っていたこともあり、毎日腕が悲鳴を上げながら、厳しい修行に向き合い続けた。18歳で新冠町に戻ると、隣町の静内にあるクリーニング店で働くことに。26歳で独立し静内に店舗を構えた。一般家庭からはワイシャツ、サウナ施設からは大量のタオルなどが次々と店に運ばれ、多くの人の衣類と心をきれいにしてきた。

　29歳のある日、ラジオで釧路にマジック専門店がオープンしたことを聞き「（マジックを）長男の保育所で見せたら、子どもたちが喜ぶのでは」と考えた。早速グッズを購入し、簡単なマジックを披露したところ子どもや先生からは大好評。えも言われぬ高揚感から、この日を境に本業とマジシャンの二足のわらじを履くことになった。

　腕を磨くため、日本奇術連盟道東支部に所属。数々の大会で優勝を重ね、その名は地域でも徐々に広まった。大きな転機があったのは1989年。テレビ番組の「輝け！日本一マジック大賞」に本来出場予定者の代理で急きょ出演することに。翌90年の正月に放送されたのは、イリュージョン部門で女性が入ったボックスに筒を突き刺すマジック。無駄のない動きと観衆の興味を引きつける話術が評価され、審査員特別賞に選ばれた。

　日常に戻ると、オファーが殺到。一躍時の人になっていた。これまで年20回くらいの出演依頼が50回以上になり、苫小牧も含めて道内各地の結婚式場や成人式などから要請が相次いだ。「ネタの手順やタキシードを忘れるなど多くの失敗もあったが、何とか乗り越えてきた。多くの人の笑顔は、今でも忘れられない光景」と振り返る。

　70歳で40年以上営業した店を閉め、2018年に次男の住む苫小牧に移住。町内会や詩吟サークルなどに顔を出して親睦が深まるうちに、マジシャンとしての顔がむくむくと湧き上がり、活動を再開。市高齢者福祉センターや第八区総合福祉センターなどで自身の技を惜しみなく披露している。

　約50年続けたマジックショーはあと1回で通算900回を迎える。「マジックはお金も準備も大変だが、お客さんの笑顔が何よりうれしい。通算1000回達成するのが夢なので、依頼を待っている」と顔をほころばせた。（富樫陸）

　乙坂洋（おとさか・ひろし）1948年3月13日、空知管内由仁町生まれ。90年放送のテレビ朝日「輝け！日本一マジック大賞」の北海道代表として出演。現在は苫小牧市内の福祉センターや町内会でマジックショーを披露している。詩吟で9段の実績も持つ。苫小牧市春日町在住。マジックショーの依頼は市高齢者福祉センター　電話0144（34）5897まで。