一章 亀裂
美都の視線に耐えられなくて、テーブルに目を向けた。さっきのおれの乱暴で漏れたのか、鶏レバーの甘辛煮のパックから、煮汁が染み出ていた。
「今回、眞くんが無関心でいるなら、むしろその方がいいのかもしれないと思った。お義母さんたちふたりが望んでたことだしね。あなたは仕事を転職しないといけない状況だし、だから親のことを本気で考えられないのかもしれないと考えたこともある。でもあなたは、たいして関心もないくせに、何もしないくせに、文句だけ言い続けてた。それを見ていて、心底うんざりしてた」
はあ、とため息を吐いて美都がキッチンに行った。ラップをかけていた皿をレンジに入れ「それも、食べてよね。食べもの粗末にしないで」と面倒くさそうに言う。ピ、ピ、と操作音が聞こえた。
「なあ、美都。なんでそんなにキレてんの? 美都に文句言ったわけじゃないんだから、キレすぎじゃないの」
父を訪ねるのが遅すぎた、母のことを心配しなかった。指摘されたことはまあ分かる。正月以降おれが愚痴を零し続けてきたことに辟易(へきえき)したというのも、まあ理解できる。しかしあまりにも、怒りの度合いが大きすぎやしないか?
「愚痴を聞かされすぎて嫌になったってんなら、謝るよ。おれも、言いすぎたと反省してる。言い訳だけど、混乱してたんだ。自分の見ていた親が、まるで別人のような気がして、だから動揺してて、どうしていいか分からなかった」
ごめん、と頭を下げた。美都が答えてくれたら頭を上げるつもりだったが、いつまで経(た)っても声がしない。ふしぎに思って顔をそっと持ち上げると、美都はぼんやりとしていた。
「美都?」
「混乱、動揺、ね……。そういうときに、ひとの本性ってでるのかなあ」
「どういうこと?」
「一度、お義母さんのこと、恩知らずって呼んだでしょう」
どこを見ているのか分からなかった美都が、おれを見た。その目に光が宿っていない気がして、背筋がぞくりとした。
そんなこと、言ったか? 覚えていない。でも、それは口にしてはいけない気がした。