芸道に身をささげた歌舞伎役者の一代記を描く映画「国宝」=公開中=。李相日監督にとって「悪人」「怒り」に続く吉田修一の小説の実写化だ。作品は刊行前に吉田から渡されており、「(映画化への挑戦が)もう始まっているという重みを感じた」。その重みを背負う仲間としてまず吉沢亮を引き入れ、主人公の立花喜久雄役を託した。
任俠(にんきょう)の一家に生まれた喜久雄は抗争で父を失った。上方歌舞伎の名優、花井半二郎(渡辺謙)に引き取られ、歌舞伎の世界へ。半二郎の息子、大垣俊介(横浜流星)と共に芸に打ち込み、女形として頭角を現していくが…。
山あり谷ありの喜久雄の半生を描くに当たり、「彼が何を失って何を得るのか、最終的にどこにたどり着くのかを一番の軸にした」と李監督。血筋が重きを成す世界で成り上がる喜久雄の栄光と挫折。彼に関わり、翻弄(ほんろう)される人々を深い陰影で映し出す。
吉沢と横浜は撮影の1年以上前から歌舞伎の稽古を積み、「二人藤娘」「曽根崎心中」などの演目を吹き替えなしで演じた。喜久雄という人物は「芸というものが人間性をつくっていて、それ以外のものが見えてこない」と李監督。それに重なる資質を吉沢に感じたという。一方、俊介役を担った横浜については、「生半可な覚悟の稽古では歌舞伎俳優に見せる演技はできない。その追求ができる人」と評する。
2人が舞台に立つ場面には彼らの人生や心情を重ねた。喜久雄が半二郎の代わりに、急きょ大役を任された場面は「重圧と、それを解き放つように恍惚(こうこつ)として演じる汗や息遣い」まで捉えようと試みた。
作品は5月の仏カンヌ国際映画祭「監督週間」で公式上映された。「反響は予想以上。登場人物が芸道を必死に極めようとする姿と、映画俳優である彼らが歌舞伎俳優に成り切ろうとする姿がシンクロして伝わっていると感じた」と語った。
喜久雄(吉沢亮、左)と俊介(横浜流星)「歌舞伎女形の一代記を映画化してみたいと吉田さんに話したことがあった。思えば〝種〟みたいなものだったかも」と話す李相日監督=東京都千代田区