「指ヨガ」セラピスト 小松 孝男さん(68) 出会いが生む発見は宝物 さまざまなスキル生かし地域おこしも積極的に

  • 時代を生きて, 特集
  • 2024年11月16日
小松孝男さん
小松孝男さん
離農を決意し、室蘭へ向かう前の小松さん(前列中央)
離農を決意し、室蘭へ向かう前の小松さん(前列中央)
指ヨガを伝える小松さん=2019年ころ
指ヨガを伝える小松さん=2019年ころ
包丁研ぎを請け負う小松さん=2021年ころ
包丁研ぎを請け負う小松さん=2021年ころ

  精力的で好奇心が強く、さまざまなことに挑戦し続ける小松孝男さん。足裏マッサージのように、手に存在する体の部位と相応するツボを刺激したり、手指をもみほぐす「指ヨガ」のセラピストとして活動する傍ら、地域おこしの活動にも参加。「新しい出会いから生まれる発見は宝物。横に広くつながり、必要に応じて協力し合い、また新たな挑戦、出会いにつながる」と話す。

   洞爺湖町の農家で3人きょうだいの長男に生まれたが、「いろんなことを経験したい」と中学のころに手伝っていた農業から離れることを決意。技能連携制度を利用して、室蘭市の製鋼会社で働きながら高校卒業の資格を得た。知人からの紹介で、1976年に苫小牧市内のホテルに宴会ウエーターとして転職。さらに室蘭市内のホテルでの宴会責任者を経て、苫小牧市内で呉服・宝石店の店長職に就いたり、人材派遣会社やハローワークにも勤めた。サプリメントや化粧品の代理店を営んだりするなど、人脈と経験を生かしてさまざまな仕事に挑戦してきた。

   70年代後半の苫小牧は、苫小牧港の東港区が着工(76年)。現在まで続く取扱貨物量全道第1位(75年)、年間貿易額全道第1位(79年)の記録を打ち立てるなど発展を見せていた。駅前にはバスターミナルが開設され(78年)、80年には人口が15万人を突破。繁華街の市内錦町は多くの人であふれ、ディスコなどもにぎわっていた。「古き良き昭和の時代。たくさんの人に出会い、顔を合わせて話すことで、人間のリアルな感情を学ぶことができたし、鍛えられた」とほほ笑む。

   指ヨガは、市内桜木町の「さくらぎ笑楽好(しょうがっこう)」で行われていた体験会で出合った。当時、肩甲骨の凝りなどに悩んでいたが、施術を受けると楽になった。興味を持ち始め、指ヨガによるセルフケアなどの普及を目指す吉地恵さんから学びを受け、10年前に講師の資格を取得。これまで数千人を施術し、講師も30人ほど認定するなど、市内で教室や講座を開いている。

   ほかにも、農業を手伝っていたころに身につけた包丁研ぎのスキルを生かし、市内や近郊の個人、飲食店などから請け負っている。市内の企業や個人事業主らからなる、とまこまいWeb商店会にも所属し、月に一度のユーチューブライブでまちのイベント情報などを発信。毎週金曜にはラジオ局の、FMとまこまいの生放送番組にも出演するなど、人との関わりを積極的に続ける。

   人と人のつながりが希薄になりがちな現代。「若い人たちがまちを盛り上げようと新しいことに取り組んでいる。応援したいし、良いまちになっていくと信じている」と目を細める。

  (松原俊介)

  ◇◆ プロフィル ◇◆

  小松 孝男(こまつ・たかお) 1956年2月、洞爺湖町成香生まれ。3年前にバイクの免許を取得。指ヨガセラピストとして、施術法や健康管理法なども伝える。苫小牧市宮前町在住。

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