母校の苫小牧東高校野球部を38年率いた辻幸雄さんが29日、急性呼吸不全のため入院先の病院で亡くなった。88歳だった。1957年の選抜大会出場を皮切りに夏の全国選手権1回、春の選抜3回、同校チームを高校野球の聖地・甲子園に導いた。指導を受けた当時の部員をはじめ、ライバルチーム関係者からも往年の名将の訃報に追悼の声が上がっている。

　1932年6月に岐阜県で生まれた辻さん。51年に苫小牧高（現苫東高）から北海道学芸大札幌分校に進み、卒業後の55年に苫高白老分校勤務を経て母校の体育教員になった。自身も高校時代に在籍した野球部で指導を担った。

　高校野球の59年全国選手権、57年、65年、68年の選抜大会出場を経験。64年には日本復帰前の沖縄に本道から初めて遠征した道選抜高校野球チーム監督も務めた。苫東高の教壇一筋で1993年3月に定年退職。苫小牧のスポーツ振興に大きく貢献したとして2002年には市から郷土貢献者表彰を受けている。

　「とてもびっくりした」と突然の訃報に驚くのは1957年の選抜大会出場時の中堅手としてレギュラーメンバーだった高橋一郎さん（80）。昨年12月に辻さんの自宅を訪ねて歓談し、「非常に元気だった」という。毎年8月に開かれる苫東野球部のOB総会に「『今年も行く』と意気込んでいる話を奥さんから聞いていた。新型コロナも落ち着いてきたし、そろそろ会いに行こうと思っていたところだった」と肩を落とす。

　夢にまで見た甲子園出場をかなえてくれた恩師。「一人として選手を粗雑に扱ったことがない、人情味にあふれた指導者だった。だから自分たちも安心してついていけた」と尽きない感謝を口にする。

　辻さんと同じ町内に住んできた和田忠義さん（78）は、59年の全国選手権に主将兼捕手として出場した。「東高の大先輩で、選手の自主性を尊重してくれた」と故人をしのんだ。

　北海と苫小牧工業の2強時代と言われた同年の室蘭地区予選決勝で苫工を撃破。初の南・北2地区開催となった南大会決勝ではエース荻野一雄（後に読売ジャイアンツ入り）を擁する北海と対決し、序盤に1点を先制されたものの食らい付き、延長十回にサヨナラ勝ちで甲子園切符を手にした。「走者が出れば必ず送って、1ヒットでかえす。堅実で粘り強い野球をする方だった」と回顧する。

　苫東高野球部の前川護監督（42）は、辻さんの定年退職後に同高に進学した。「よくグラウンドに来て指導をしていただいた。『おじいちゃんだと思って話を聞いてくれ』と、温厚で優しい印象だった」と言う。

　自身の活躍の幅を広げてくれた人だった。主に投手を担っていたが、「球が速くて下半身に力もある。アンダースローをやってみたらどうだ」と辻さんに声を掛けられ投球フォームを変えた。「そこから出場機会が増えて、大学でも野球をやろうと思うきっかけにもなった」。指導者になってからも球場やOB総会で会うたび、よく言葉を交わした。「いつも母校の活躍を気に掛け、『自分が元気なうちに甲子園に行ってほしい』と話していた。その吉報をいち早く届けることをモチベーションにしていた」と語った。

　苫小牧工業高の選手、監督時代に幾度となく辻さんと対戦した金子満夫さん（81）は、「物静かな印象だが戦略家だった。試合では苦い思いを何度もさせられた」。繰り広げた激闘の歴史を振り返る。

　かつては末広町に苫工、若草町に苫東とわずか数百メートル離れた場所に校舎を構えたライバル校同士。それだけに「負けたときの悔しさは倍増だった」と言い、「辻さんは何度もチームを甲子園に導いた名将。地域にとって惜しい人を亡くした」と悼んだ。