「ウポポイ(民族共生象徴空間)に200億円も使っているが、アイヌの総意とは思えない」。アイヌの精神文化を熱心に伝承するがゆえに、アイヌ同士でも意見は対立する。2019年に新ひだかアイヌ協会を抜け、新たに静内アイヌ協会を設立。アイヌの尊厳を取り戻そうと奔走し、「アイヌのあるべき姿」と向き合ってきた。北海道大学などが研究目的で収集した遺骨を取り戻そうと活動。ウポポイ整備にも相いれない思いを抱いている。
父の辰次郎さんは、著名なアイヌ文化の伝承者。アイヌは文字を持たず、すべて口伝だが、辰次郎さんはアイヌ語を日本語で記録した先駆者だ。町内外でカムイノミなどの儀式が行われる際は指導者として駆け付け、仲間からは「エカシ(長老)」と慕われた。北海道文化財保護功労賞などを受賞し、一目置かれる存在だった。
そんな辰次郎さんが酒を飲むたびに愚痴を言った。「なぜアイヌの自分が石の墓に手を合わせなければならないのか。墓なんて壊してしまえ」と。アイヌは土葬の文化だが、日本は火葬が一般的。葛野家も昭和に入ってから、なし崩し的に墓石を建てた。辰次郎さんが墓石を訪れて「土に返れない」と涙をこぼしたこともあったという。
アイヌは、自然界を崇拝する精神文化。すべてのものに神が宿ると考える。土葬された亡きがらは長い年月をかけて、土の中であらゆる生き物の糧になる。「土に返る」ことはアイヌとしての尊厳を守ること。辰次郎さんが亡くなった時に意を決した。「土葬にしよう」。身内でも議論はあったが、最後は父の思いを尊重した。アイヌの文化や風習を再現し、墓石も取り壊した。
北大などが研究目的で各地から集めたアイヌの遺骨を、それぞれの地域に取り戻そうと活動してきたのは「アイヌにとって土から生まれ、土に返すことが、元に戻すということ」という信念がある。身元が分からず返還申請がない遺骨は、ウポポイにある鉄筋コンクリート造の墓所に集約され、尊厳ある慰霊が営まれることになっているが「それでは土に返れない。ばちがあたる」と切り捨てる。
ウポポイについても「箱物だけを造って、本当にアイヌのためになるのか」と疑問視する。「あいさつの『イランカラプテ』も、自分たちは『イカタイ』と言う。アイヌ文化と言っても、土地によって違う」。地域のアイヌ文化を大事にしてきたからこそ、地域のアイヌに光を当てる必要性を実感。「アイヌの未来がどうあるべきか、国にもチャランケ(談判)していく」と力を込めた。