教職に就きながら陶芸の世界で活躍。退職後は海外でも認められる作家となった。元日本工芸会準会員で陶芸歴66年、教員生活は38年。「教育と芸術は、どちらも創意工夫が必要。新しいことに挑戦して、興味を引き付けなければならない」と共通点を見いだす。何事にも全力で取り組んできた経験の厚みが、数々の作品の力強さや繊細さからうかがえる。
北海道学芸大学(現北海道教育大学)函館校で美術工芸を専攻し「軟らかい粘土が、これほどまでに素晴らしい作品に仕上がるのか」と感激。陶芸の魅力に取りつかれていった。学生時代は主に手捻りで制作していたが、教諭時代に愛知県や栃木県を訪れ、ろくろ陶芸を学んで以降、ろくろに専念するようになった。
直径40センチほどの大つぼを中心に制作。花びらなどをかたどった粘土のパーツを切り込んだ箇所に埋め込む「切り抜き練り込み」、織り込んだような表面を表現した「縮み織り焼き」、地元の産物を原料に器へ鮮やかな赤紫色を映し出した「はすかっぷ焼き」など、新しいオリジナルの技法を追い求めて研究を進め、作品を各種公募展に出展。
道教職員美術展工芸部門、全道展、道展などで入選を重ね、2002年にはスペインの美術団体、AMSCのスペイン本部推奨作家賞、05年にはモナコのコートダジュール国際芸術祭への出品作品が、ミシェル・ブキエ賞を受賞するなど海外からも高い評価を受けた。翌年には苫小牧市文化奨励賞も受賞した。
桧山管内北桧山町で農家の四男として生まれた。長男と次男は家を出て別の職に就き、三男は軍隊に志願して戦死。「実家を継ぐ立場だったが、勉強がしたかった」と中学卒業後、家業を手伝いながら定時制高校に通った。全日制と合同で行われた卒業式では唯一、成績優秀賞と特別教育活動賞を受賞した。学びへの意欲は絶えることがなく、大学へ進学。仕送りはなく、さまざまなアルバイトをこなして学費を工面した。
卒業後は「五つの生きる力」を教育方針に掲げ指導に当たった。「教育は創造と言える。知力、気力、体力に加え、道具などを使う手技力、人間関係維持能力の計五つを身に付けた人間は悪い道にそれることはない」と信念を語る。
◇ ◇
「寝てるときに、新しいアイデアが浮かぶこともある」と、常に陶芸のことを考えてきた。「人生、人格そのもの」とする陶芸家としての目標に、日本工芸会の正会員になることを掲げて活動を続けてきた。同工芸展で4回入選すれば正会員に推挙されるところ、3回まで入選を果たしたが2013年に退会。「陶芸家を志した頃からの大きな目標だったので、心残りだな」と話す。
樽前山が見える市内錦岡で主宰する「樽前窯陶芸館」では教室も開き、これまで公募展に入選する生徒もいた。納得のいく作品を根気よく追求する魂が、この地で継承されている。
(松原俊介)
小﨑 正司(おざき・まさし) 1934(昭和9)年2月、桧山管内北桧山町生まれ。実家の農業を手伝いながら定時制高校に通い、北海道学芸大学函館校に進学。美術工芸を専攻し、卒業後は教諭として働きながら陶芸の腕を磨き、オリジナルの技法を研究、数々の賞を受賞した。樽前窯陶芸館を主宰。苫小牧市錦岡在住。