北海道発祥の「下の句かるた」は、百人一首の下の句を読み上げ、その句が書かれた木札を取る遊び。冬の風物詩として道内の家庭で親しまれてきた伝統文化を継承しようと、全日本下の句歌留多協会苫小牧支部に当たる苫小牧樽前歌留多倶楽部会長の木澤誠次さん(78)は、30年以上普及活動に取り組み、市内の子どもたちへの指導も熱心に行ってきた。
1941(昭和16)年に厚真町軽舞の米農家に生まれた木澤さんは、病弱の母を小学6年生の時に亡くし、9人きょうだいのうち6人が幼少時に栄養失調などで命を落とした。「とにかく貧しかった」と当時を振り返る。実家の農作業を手伝うとともに、木材会社でも働きながら厚真高校の定時制を苦学して卒業。「安定した職に就き、少しでも家族を安心させたい」と61(同36)年に苫小牧市役所へ入職し、保健課(現在の環境衛生部)でごみ収集や予防接種などの業務に従事した。
65(同40)年に市バスの車掌だった静子さん(79)と結婚。一男一女の子宝に恵まれ、子育てが一段落した83(同58)年、幼少の頃から下の句かるたに親しんできた静子さんの影響を受け、前身団体の苫小牧極光歌留多倶楽部へ夫婦そろって入会した。1チーム3人と控え2人で相手チームに挑み、読み手の声を一瞬で判断し、素早く身を乗り出して札を取り合う様子はスポーツ競技と同じ。「神経を研ぎ澄まし勝負を制すると充実感がある」と夢中になって練習を重ね、短期間で全道大会に出場するまでに腕を磨いた。
89(平成元)年に苫小牧市子ども会育成連絡協議会から「子どもたちを指導してほしい」と依頼されたのをきっかけに、静子さんと一緒に指導者としても活動するようになった。双葉町町内会の協力の下、町総合福祉会館で道場を通年開設。「小中学生を中心に、数え切れないくらいの子どもたちを教えてきた」。同協議会主催子ども会の大会はピークの91(同3)年は小学生21チーム、中学生9チームが出場。「集中力が高まり記録力と教養が身に付き、協調性も育む」。下の句かるたの技術が高まるだけではなく、学校の成績アップやたくましく成長する子どもたちを数多く見てきた。
だからこそ、近年の人気低下を心配する。昨年11月の子ども会大会への参加は小、中学生が各1チームと初心者部門6チームにとどまった。苫小牧樽前歌留多倶楽部の会員数は全盛期の半分以下の13人まで落ち込んでいる。「地域や親の熱意も薄れてきており、下の句かるたを知らない親世代も増えてきた」と嘆く。
しかし、かつての教え子が立派に育って市役所職員や教員になり、子どもたちへの指導役を買って出るようになりつつある。「下の句かるたの魅力を子どもたちと保護者に伝え、地域全体で伝統文化を継承したい」と期待を寄せ、後進に道を譲りたい考えだ。
(伊藤真史)
木澤 誠次(きざわ・せいじ) 1941(昭和16)年12月16日生まれ。厚真町出身。厚真高校卒業後、苫小牧市役所入り。糸井清掃センター場長を最後に2002年(平成14)定年退職。苫小牧市豊川町在住。