遠い昔。愛称で「ガタ校」と呼ばれる苫小牧の高校に通っていた。歴史的建造物のような校舎の片隅で、17歳になったばかりの少年たちは、ある歌の詞に出てくる人物を語り合っていた。「あのじいさん」とは誰か。幾つか候補が挙がったが、どれも違うような気がした。
放浪の作詞家・岡本おさみさん(故人)が苫小牧を舞台に書き、吉田拓郎さんが作曲し歌った「落陽」。今でも若いアーティストたちがカバーする名曲だ。一昨年出版された「旅に唄あり 復刻新版」(山陰中央新報社)で岡本さんが「あのじいさん」との思い出をつづっている。
老人は苫小牧駅前の本屋で立ち読みをしていた。政治評論の厄介な雑誌だった。その人と少しずつ話すようになり、一夜を一緒に過ごした。「あんたは文章を書いていらっしゃいますが、私も昔はそういうことを志しておりました。評論ですよ」。別れ際に「帰りの船から海に捨てなさい」と少年のような顔をして古いサイコロを2個くれた。仙台行きフェリーの落陽が美しく、岡本さんは「しぼったばかりの夕陽の赤が…」と表現した。
苫小牧の夕焼けはきれいだと思っている。特に晩秋が好きだ。故郷に帰るたびにそう思う。岡本さんが亡くなって、9年の歳月が流れようとしている。(広)