能登半島地震で多くの住宅が倒壊した石川県輪島市で2月、50年続く「もとい理容美容室」が営業を再開させた。比較的被害の少なかった店舗の一部を使い、格安でカットや洗髪サービスを提供。軒先で回るサインポールを目印に常連客らが集まり、交流の場にもなっている。「皆さんにこれまでの恩を返したい」と話す店主元井孝司さん(73)は、解体を決めた建物ではさみを握っている。
山あいの町野町地区にある店では2月下旬、避難先から訪れたという80代女性の髪を、妻千津子さん(72)が手際良く整えていた。女性は初来店だったが、千津子さんとの会話も弾み「震災後、ずっと髪を切れなかったのでうれしかった。さっぱりした」と笑顔を見せた。
1974年に開業した店は、2階建ての1階部分の左右に理容室と美容室が並び、元井さんと千津子さんがそれぞれを担当していた。元日の地震では倒壊こそ免れたものの、はさみやシャンプーボトルなどが散乱。理容室は入り口の扉がゆがみ、閉まらなくなった。
建物は修復せずに解体すると決めたが、「避難所や仮設住宅にいる人が他愛のない話をして、鬱憤(うっぷん)を晴らせる場所を」と再開を決意。電気が復旧した直後の2月10日に店を開けた。
通常、理容室はカットと洗髪で3500円だが、「お世話になった皆さんが被災されている中、まともなお金は受け取れない」と2000円に設定。当初はカットのみだったが、水道の一部復旧後は2500円で洗髪まで行う。常連客や2次避難先から帰宅した地元住民らが訪れ、「お店のサインポールが回っているのを見ると安心する」と言ってくれるという。
「この場所で長くサービス業を営んできた者としての責任がある」と語る元井さん。建物解体後も営業を継続させようと、隣接する自宅駐車場にコンテナ型の建物を設置するなど、やり方を模索している。「もともとあったものがなくなると、地元から人がいなくなってしまう。続いていくことで、一人でも戻ってくれば」と前を向いた。