まだ名もなく満足な夕食も取れなかった24歳の、新聞社の特派員を辞めたばかりのヘミングウェイは、パリの空の下で空腹を抱えながらリュクサンブール美術館をうろついていた。1924年のことだ。後にピューリッツア賞、ノーベル文学賞も受賞する米国の作家は晩年、こう記している。「私は空腹のとき、セザンヌをいっそうよく理解し、彼の風景画の描き方の真相を見て取ることを学んだ」
それから100年。花の都で五輪が開幕した。中心部のセーヌ川を舞台に、4時間近くに及んだ開会式に目を奪われた。革新的で、まるで映画のような式典。「広く開かれた大会」をスローガンに、多様性を意識した華やかな演出。集った観客とオリンピアンが激しい雨に打たれ、より一体感が増したようにも映った。
ロシアの侵攻が続いているウクライナ。ガザ地区がイスラエルの攻撃にさらされているパレスチナ。世界では分断、戦火が絶えない中、開会式では、やはりジョン・レノンの「イマジン」が歌われた。そして最後に、あのセリーヌ・ディオンが登場したのには驚いた。闘病で活動を休止しているが、フランスの偉大なる歌手、エディット・ピアフの名曲「愛の讃歌」を歌い上げた。平和を訴えるメッセージが世界に届き、心が震えた。 (広)