ひきもきらない期待と絶え間のない失望―。18世紀のイギリスの先人が残した、釣りの”沼”。苫小牧市有珠の沢町の四宮昭三さん(95)もそんな釣りのとりこになった一人。運転免許証を返納した80代まで釣りを楽しんだ。珠玉の思い出は36歳の秋に浦河の海岸で64センチのマツカワ(タカノハ)を上げた釣行。記憶の引き出しを開けてもらった。
釣りを始めたのは1950年。浦河町で通信関係の仕事に就き、出張で訪れる上役を接待するため釣りを覚えるよう求められたのがきっかけ。運転免許を持っていたために白羽の矢が立った。日高の海は魚影が濃い。自然と趣味で釣りを楽しむようになった。
人生最高の一匹を上げた64年9月12日は、タカノハを釣りたいという札幌の知人に付き添っての釣行だった。夜明け前に日高線幌別駅下の砂浜に釣座を確保。餌のサンマを2本のさおの仕掛けにセットし、70~80メートル投げて魚信を待った。
北風が強く波は高かった。流れ昆布が道糸に絡まる。気が付くと1本のさおの道糸がふけていた。糸を少し巻き取ると、ただただ重い。「また昆布か」。目を凝らすと立派な昆布が海中で道糸に絡んでいた。取り除いたものの重さはそれほど変わらない。「まだ絡んでるのか」。閉口しながら横転式の太鼓リールを巻き続けると突如、波打ち際で”バシャッ”としぶきが飛んだ。身をくねらせた物を認めた瞬間、重さの訳を理解した。まるで座布団のようなカレイ。心臓が高鳴る。大物だ、ずり上げるのは難しい―。
四宮さんは、波にもまれる魚に反射的に飛び掛かった。引き波で逃げようとする魚をすくっては砂浜に向かって投げる。重いから思うようにいかない。何度か繰り返してようやく、波の届かない所に上げた。
体長64センチ、重さ3・7キロ。自己記録の48センチをあっさり更新した。釣り終えてなじみの釣具店に直行し魚拓を作成。さばいて刺し身にし釣り仲間と分け合った。釣り仲間でのうわさを聞き付けた北海タイムス(当時)の記者に取材され、全道版のの社会面に記事が掲載されたのも思い出だ。
苫小牧には約30年前に転居した。サケ釣りもしたが、場所取りは性に合わない。「サケはあまり釣れなかったね」。魚拓や大会の記念品を見て目を細めていた。