フナに始まりフナに終わる―。かつてフナ釣りは子どもたちの遊びの象徴であり、身近だった。多種多様な釣りを経てなおその面白さを追究しているのが、ヘラブナ釣りの愛好者たち。7月下旬、苫小牧市樽前の通称・地蔵沼で取材した。
雨天・曇天が続くこの時期に貴重なほどの青空が広がった日の午前11時、森の小さな沼で日本へら鮒(ぶな)釣り研究会北海道地区苫小牧支部釣遊会(北野順司会長)のメンバー3人が岸辺の釣り台に座を構え、釣り糸を垂れていた。
弱い南風に乗って陸をはうように寄る海霧もこの日は届かず、日陰でも軽く汗ばむ夏らしい日和。時折聞こえるのは、ウグイスの鳴き声と魚が跳ねて水を切る小さな音。さおを上げたり、仕掛けを投じたりといった釣り人の動きはほとんど無音だ。水面には白いスイレンの花。自然に溶け込む感覚。
むかわ町の袴田忠孝さん(76)は、用意した3本のへらざおから9尺3寸(約2・8メートル)を選び、底を狙う「底釣り」用の仕掛けと浮きをセットした。道糸はナイロン0・8号、針素は同0・4号の極細。「きょうは魚が浮いている。釣りにくい」。見れば釣り台の周りの表層で20~30センチのヘラブナが群れている。餌を求めているようにも見える。群れを割るように現れる巨ゴイ。表層の魚とコイは狙わない。「コイを掛けるとさおを折られる」と笑った。
仕掛けは2本針。それぞれ役割があり、上針は「ばらけ」で下は「食わせ」。餌は粉末状の市販の練り餌を使い、硬さや調合を変えて「ばらけ」と「食わせ」に丸めて付ける。理屈はシンプルだ。「ばらけ」が徐々に崩れてまき餌となり、寄って来た魚が「食わせ」餌に食い付く瞬間を捉える。
袴田さんが仕掛けを「打った」。一拍置いて浮きが立つ。浮きはカヤを使った仲間の手作り。光沢のある流線型が美しい。目盛りのように描かれたトップのマーキングで餌の具合と魚信を見定める。
仕掛けを打って4、5秒。直立していた浮きのトップがかすかに上昇しだした直後だった。スッとわずかに沈んで魚信を伝える。袴田さんがこれを捉え、素早くさおを前に突き出し、手首を返した。「合わせ」だ。
さお先が満月を描くように絞り込まれた。魚の抵抗の激しさが”見える”。それでもさおの胴にこしの強さがあるから魚を寄せられる。「掛かった瞬間、魚は底に潜りながら、沖に走る。この力強さと手応えがヘラブナの魅力。魚をいなし、力をさおでためて、ゆっくりと魚を手前に引く。やりとりが楽しい」
この日は1時間平均で20匹。小型から30センチ台まで。当たりの捕捉、引きの強さ、手応えがヘラブナ釣りの肝。リリースが基本だ。だから針は、魚にダメージを与えないよう先端に返しがない。ばれやすいから、取り込むまでの難しさも面白さの要素になる。
同じ日、釣りを楽しんでいた釣遊会の仲間、米澤昭二さん(79)、昭三さん(77)兄弟も「季節、気温、水温で釣り方は変わる。奥深いし面白い。へら釣りの敷居が高かったのは昔の話。ここは初心者も楽しめるいい釣り場。自由に楽しんでいいんです」と言い、ヘラブナ釣りの魅力を知ってもらいたいと願った。
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地蔵沼は、札幌在住の個人が所有する長径200メートルほどのだ円の水面。釣遊会が管理を申し出、許可を得てヘラブナを毎年のように放流し、釣り台や園路などを整備、管理してきた。規制はせずに一般愛好者にも開放しているが、昨年は大型ごみの不法投棄などもあり、苫小牧警察署に相談した。袴田さんは「ヘラブナの釣り場は道内では貴重。地蔵沼は好釣り場だけに、常識を踏まえた利用を。釣りをする際は釣遊会のメンバーにひと声掛けて。アドバイスもしますよ」と話している。
問い合わせは袴田さん 携帯電話090(1646)8260。