久しぶりに手をひいて 親子で歩ける嬉しさに―。島倉千代子さんのCDを元気だった母と一緒に聞いたことをよく思い出す。「東京だョおっ母さん」は1957年の曲だというから、母が30代の頃に聞いていた歌だ。
私事ながら母は認知症。亡くなるまでの数年を専門の施設で過ごした。指の先で拍子を取り、小さな声で歌う母は、穏やかな目で窓の外を見ながら何を思い出していたのだろう。母に「自分の親は元気か」と何度か聞かれた。90代の人の親が元気なはずはないだろうと叱っても恥ずかしい思いをさせる。「もう死んで何十年にもなるね」。静かに答えると黙った。
警察庁の発表によると昨年1年間に行方不明になった認知症の人は延べ1万7479人に上り、7年連続で前年を上回った。うち遺体で発見された人は460人。245人は昨年中には発見されなかった。「見掛けた時には正面から目を見て、驚かせないように声を掛けてください」など、認知症の人と家族の会の要請も報道されていた。「遠くを目指すのには理由がある」とか。親は。兄弟は。山や川は―。異郷に住んで、老いて病めば、記憶をたぐる旅立ちの動機は、きっといくつでもある。
厚生労働省の推計では認知症の高齢者は2025年までに、高齢者の5人に1人、約700万人になる見込みだという。自分にとっても家族にとっても、人ごとではない、身近な問題なのだ。(水)