イランカラプテ(こんにちは)。今回はアイヌ民族の物語を紹介します。
ある心根の良い村長の一家が夜襲に遭い、村長の生まれたばかりの息子である主人公を守ろうと、母親はとっさに庭に伏せてある臼の中に主人公を隠し、臼に息子だけは助けてくださいと懇願。両親は夜襲を掛けた者に殺害されてしまい、臼がお婆さんに化けて主人公を一人前に育て上げ、ついには夜襲を掛けた隣国の者への復讐を遂げさせる…。これは白老町のアイヌ民族の詩人森竹竹市(1902~76年)が伝承した物語の一つ『臼の婆さん』のあらすじです。
さて、アイヌ民族は人間の手のよって作られた道具であっても「カムイ(神)」として尊びましたが、臼(アイヌ語でニス)もまた、カムイとしてアイヌ民族の生活に無くてはならないものでした。かつては、栽培したアワやヒエなどの穀物は穂のまま貯蔵し、適量を取り出してはその都度、日課として臼ときねで脱穀を行いました。また、オオウバユリの鱗茎(りんけい)からでんぷんを取り出す際にも臼を利用し、時にはお産の際のおまじないなどで使われることもありました。ですから、臼を「ニスカッケマ(臼の淑女)」として大切に取り扱い、特に古い臼ほど霊力があるとされていました。
『臼の婆さん』の中で隣国の者への復讐を終えた主人公にお婆さんは、「私は今までお前を育てて来ましたが、私は決して人間ではありません。私はお前の母が生きていた時朝晩使った臼です…」と全ての経緯を語り、通り掛かった旅人を引き止めてコタン(村)を造ること、そして酒を作って飲む時は自分(臼の婆さん)に捧げ、忘れずにオンカミ(礼拝)するようにと言い残します。
翌朝、お婆さんの寝床にはすっかり朽ち果てた臼が一つ残されていました。主人公はその臼をカムイの世界に送り返すべく、ささげ物と共に丁重にオンカミします。その後、コタンを造って村長となり、子孫に臼の婆さんへのオンカミを忘れないようにと言い伝えたのです。
主人公の母が臼を大切に扱ったことに対し、臼の婆さんが恩返しをするという物語は、現代社会の”使い捨て文化”を生きる私にも、物を大事にする暮らしの大切さを思い起こさせてくれるのです。
(しらおいイオル事務所チキサニ・森洋輔学芸員)
※「チキサニ通信」は毎月第2、第4月曜日に掲載します。