絶対に目をそらさない。人間の方が強いと見せ続ける。餌を与えない―。84歳の漁師さんの話す、ヒグマと共存していくための覚悟と心得にうなった。
山歩きをしていた当時、ヒグマと接近したのだろうと後で思うことが何度かあった。目をそらさない、背中を見せて逃げない―などの心得は知っていたが実践は難しい。2年前の夏、国道237号で同じ日の朝と午後に計3頭のヒグマを見た。午後の子連れの母グマには、人間の強さを見せるどころか逆ににらみつけられ、車の中からカメラも構えられなかった。
先月中旬の、NHK総合テレビ「ヒグマと老漁師~世界遺産・知床を生きる」の主人公は、知床半島の先端に近いルシャ川河口の番屋で夏の間、漁を行う大瀬初三郎さん。働く大瀬さんらのそばには何頭ものヒグマが、魚を目当てにゾロゾロとやってくる。遠巻きに見ているのは許す。しかし、人に近づいたり網に触ったりすることは許さない。にらみつけ、大きな声でどなりつける。「こら! 駄目だ!」。ヒグマは不満そうな表情を見せながら離れていった。
閉鎖されていた苫小牧の市街地西部と樽前山(1041メートル)5合目を結ぶ道道が開通した。5合目の手前から、道路脇にはまだ雪。テレビの記憶のせいか、林の中の黒々とした木の根株や岩が、ヒグマに見える。臆病が自分の安全の第一歩と改めて自覚した。ヒグマも、新型コロナウイルスも。(水)