審判員として45年にわたり苫小牧の軟式野球を支えてきた沼袋謙さん(69)。的確なジャッジが高く評価され、現在も市内の朝野球大会の審判員を任されるほか、道内各地で開かれる上位大会、全国大会で主審を務めた実績を持つ。苫小牧の審判員の「レジェンド」と言える存在だ。2019年度をもって道軟式野球連盟苫小牧支部審判部長を勇退したものの、「まだまだ、やれるだけやりたいと思っている」と生涯現役を貫く。
小学5年生の時、学校のクラブ活動から野球を始め、中学、高校時代も軟式野球部に所属した「軟式一筋」の投手。「本当にコントロールが無かった。がむしゃらに野球に打ち込んでいた」と当時を振り返る。
高校卒業後は朝野球チーム「サカイスポーツ」に入団。朝野球のビッグタイトル苫小牧商工会議所会頭杯などさまざまな大会を制し、全道大会にも出場した。昨年5月に行われたチームの50周年記念式典ではスピーチを務めたが、「(朝野球時代のことは)うっすらとしか覚えていなかった。会頭杯優勝のことも司会者に指摘されて思い出した感じだった」と苦笑いする。
転機が訪れたのは25歳の時。サカイスポーツの先輩に「審判をやってみないか」と誘われた。当時、審判にはあまり関心がなかったが、「これまで知らなかったルールも知ることができ、実際に野球をやっているときとは違った視点で見ることができて面白かった」という。
審判を務める上で大切なのは「私情が出てこないように選手たちとは距離感を保つことと、審判同士での連携を保つこと」と話す。さらに「一つ一つのプレーを丁寧に見ること」を意識し続け、市内の大会はもちろん国体予選、天皇賜杯や全国大会などにも派遣され、主審も務めた。
現在も、苫小牧市内の大鷲旗争奪朝野球大会や苫小牧商工会議所会頭杯などで審判を続けている。「審判はさまざまな経験をしないと上達しない部分も多い。全国大会の決勝など大舞台でジャッジをさせてもらった経験は、今でも財産として残っている」と語る。
今季は新型コロナウイルス感染拡大の影響で大会の中止が相次いでいる。苫小牧も例外ではなく、「本当に寂しい気持ちだが、こればかりは仕方がない」。選手たちは自宅にいながらも、開幕を見据えトレーニングに励んでいる。審判員たちも、そのための準備を欠かすことはない。
「細かいルールが少しずつ改訂されている部分があり、ルールブックを読み直すことなどに時間を費やしている。動きなどのシミュレーションは厳しいかもしれないが、基本に立ち返る機会だと思う」と向上心を絶やさない。
審判部長は勇退したが、今後は理事という立場で苫小牧の野球発展に力を尽くすつもりだ。「審判員の高齢化が進んでいる。苫小牧の野球を引っ張ってくれる人材を育てていく手助けをしたい」と抱負を語った。
(工藤航)
沼袋 謙(ぬまたい・けん) 1950(昭和25)年6月、苫小牧市生まれ。苫小牧工業高校を卒業し、市内の卸売会社に約15年間勤めた後、建設業の株式会社新和に転職。営業マンとして働く傍ら、北海道軟式野球連盟苫小牧支部審判部で活躍した。現在も年間数百試合で審判を務める。苫小牧市末広町在住。