転校

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  • 2020年4月1日

  過ぎたことは懐かしい。自分の意思がほぼ反映されない異動という仕組みのある事業所に勤めたことのある人なら、転勤のあれこれを思い出すのが春。

   勤務地の変更を7回経験した。うち5回は家族全員で引っ越しをした。「懐かしいなんて言っていられるのは、荷造りをほとんどせずに、酔っ払っていたからだ」と家人に何度、叱られたことか。

   転勤という、大人の世界の風習は子どもたちの心に、どんな影響を与えるのだろう。ふと考える。田舎で育ち、引っ越しも転校もしなかった自分は、見送られて別れていく転校生に何となく憧れていた。当人にとっては、そんな簡単なものではなかったようだ。親兄弟以外の身辺の人間関係が一瞬で変わるという衝撃を想像すると確かに恐ろしいことだ。どんなに好きな友人でも会えなくなり、いつか忘れる。遊んだ公園や小川も、再び訪れることのない場所としてやがてはかすんで消えてしまう。まだ小学生だった長男が、何度目かの引っ越しの時、父の説明に泣いて抗議したことを思い出す。

   40歳前後になった息子たちは、「自分の子どもには転校を経験させたくない」という考えを持ったようだ。つらかったのだろう。

   今年は新型コロナウイルスの感染拡大で卒業式も終業式もいつもとは違った。お別れのあいさつはできたろうか。新学期はどんなふうに始まるのか。いつになく落ち着かない4月が始まった。(水)

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