証し

  • ニュース, 夕刊時評
  • 2020年3月27日

  イタリアで新型コロナウイルスによる死者が8000人を超えた。なぜイタリアで、ここまで猛威を振るっているのか。高齢化や医療体制などの要因に加え、「人のつながりを大切にする価値観」があると、北部の都市ボローニャで暮らす先輩記者は書いている。暮らし始めて1年余りの先輩にも、笑顔で腕を広げてくる人たちがたくさんいるという。

   「人類が新型コロナウイルス感染症に打ち勝った証しとして、完全な形で東京五輪を開催する」。首相が繰り返す決まり文句は、悲しみと不安の中でも人のつながりを失うまいとしているイタリアの人たちにどう聞こえるだろう。

   2020年夏、その一点を目標に猛練習を重ねてきた選手たちにとっても、20年に実施されない時点でもう完全な形ではない。世界中が一日も早い終息を願っているのは疑いのない事実だが、選手も観客も「証し」のための舞台装置ではない。驚き、戸惑い、これからまた計り知れない努力を求められる選手へのいたわりが、この言葉には感じられない。

   IOCバッハ会長と首相との電話会談に同席した橋本聖子五輪担当相。1964年東京五輪の直前に生まれ、聖火にちなんで聖子と名付けられた。女子世界最多7回の五輪出場を果たし「五輪の申し子」と呼ばれた聖子氏なら、誰よりも選手の気持ちが分かるはずだ。首相と同じ言い方だけはしないで、と願っている。(吉)

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