相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で植松聖被告が45人を殺傷した事件は、横浜地裁で公判が続いている。5日は被害者参加制度を利用して、被害者の家族が被告に直接質問する予定だという。地裁の決定で、被害者の名前は法廷でも明らかにされていない。殺人、殺人未遂、それ以外の被害者をそれぞれ甲、乙、丙に分け、「甲B」「乙C」などと呼んでいる。犠牲になった19歳の美帆さんは唯一、「美帆さん」と呼ばれる。母親が「娘は甲でも乙でもなく美帆です」と手記で実名を公表したからだ。
「被害者等の名誉または社会生活の平穏が著しく害される恐れがある事件」などの場合、法廷でも実名を公開しないよう裁判所が決定できる。被害者の権利が守られる一方で、障害がある、障害を持つ家族がいると公表するだけで、その人の名誉や平穏が脅かされる社会になってしまった、ということでもある。
美帆さんの母親は「障害者が安心して暮らせる社会こそが健常者も幸せな社会だと思います」と手記を結んでいる。開幕まで半年を切った東京五輪・パラリンピックは「人種、性別、言語、宗教、障害の有無など、あらゆる面での違いを肯定し、自然に受け入れ、互いに認め合う」共生社会をビジョンに掲げている。歓喜の渦の中に「共生社会」の理念が埋もれてしまわないように、美帆さんの名前を覚えていたい。(吉)