もしもかなうなら、この地域のすべての子どもたちに、ウトナイのこと、そして野生動物たちのことを伝えたい―。その想いで始まった小学校への出前授業も早いもので11年目を迎え、ついに先週、その受講児童数が1万人を超えました。
2007年春、それまで小動物の臨床獣医師だった私は心機一転、ウトナイ湖野生鳥獣保護センターで野生動物を診る仕事に就くことになりました。初めての苫小牧生活で知り合いはほとんどいませんでしたが、次第に多くの方々と関わるようになる中で意外だったのは、苫小牧を代表するウトナイ湖になじみがない、そして、当センターの存在すら知らないという方が多かったことでした。当時はまだ、当センター設立から数年しかたっていませんでしたし、場所においては、苫小牧市の東の端に位置していますから、交通の便でも気軽に足を運べる場所ではないので仕方がないかもしれません。ですが、救護の現場で出合う多くの傷ついた野生動物たちや、その背景に浮かび上がる人間社会の存在、それでも必死に生きる彼らの姿を日々目の前にし、この現状を多くの方に伝えたいという気持ちは高まる一方でした。
そして、それを実現するために試みた一つが小学校への出前授業でした。なぜ小学校へ「出前」かというと、子どもたちは自力で当センターを訪れることがまだ難しく、日常生活の中だけでは、このような現状を知る機会も少ないからです。ですが、私は小学校で授業を行った経験はありませんでした。限られた時間枠の中で、どのような言葉を選び、どのような資料作りが適切なのか、知人の小学校教諭をはじめさまざまな分野で活動する方々に助言を頂き、現在の授業スタイルが完成しました。そして気付けば、毎年多くの子どもたちと向き合い、直接想いを伝えることができる一大事業となりました。
しかし大切なのは、授業や受講児童の数の多さではなく、どれくらいの子どもたちの心にきちんと思いを届けられたのか。その思いが、いつの日か花開き実を結び、未来の糧となれるよう、これからも精いっぱい、伝え続けていきたいと思います。
(ウトナイ湖野生鳥獣保護センター・山田智子獣医師)