昆虫は幼時の友達。ただし、見たことはあっても、怖くて仲良しになれなかった虫も多い。ハサミムシもそうだ。お尻の先の鋭い2本の針が怖かった。
いろいろな生き物たちの、最期を書いた随筆集「生き物の死にざま」(草思社)は、ゾウやサケ、セミやミツバチなどの感動的な死に焦点を当てている。石などの下にいる、俊敏でピカピカとつやのある茶色のハサミムシ。昔は名前も正確に知らなかったが、その母親の子育てに胸が熱くなった。
人間以外にも、いろんな動物が子育てをする。鳥は卵を温める。卵に水を吹き掛ける魚の様子をテレビで見たことがある。しかし、昆虫の世界では、子どもを守り育てる親は極めて少ないそうだ。
観察によると、ハサミムシの母は産んだ卵をふ化させるために、40日以上にわたって、卵をなめたり位置を変えたりするという。やがて卵は幼虫になる。ハサミムシは肉食で、小さな虫などを食べて大きくなる。腹をすかせた子どもは、餌も取らず卵の世話を続けてきた母の体にかみついてくるそうだ。しかし母親は怒ったり、逃げたりはせずに、自分の体の軟らかい腹の部分を、差し出すように子どもに与えて果てていくという。子どもが巣立った後の巣には、母親の亡きがらだけが残される。
それにしても―。人の世界の子育ての、取り返しのつかない過ちの何と多いこと。ハサミムシの母親の心を、静かに想像する。(水)