「二十歳で就農して40年近くたった今、こういう特別職に就くとは思ってもいなかった。天命というか、宿命というか。人生何が起きるか分からないな」―。
2016年10月にむかわ町教育委員会の教育長に就任して3年の月日が流れた。「人を育て、実を結ぶには時間がかかる。何十年先に結果が見える仕事なのだな」と思う。農業から教育の世界に飛び込み、「特にこの3年間はあっという間だった」と振り返る。それくらい濃密な時間だった。
旧鵡川町で生まれ育ち、地元の高校を卒業し、いったん町を離れて短大へ進学。農業経済学を学んで20歳で実家へ戻り、就農した。今ではトマトやレタス、ホウレンソウなど野菜を中心に扱うが、当時は「米一本だったので収入は少なかった。アルバイトをして稼がないと、生活ができないほどだった」と言う。昭和から平成になる頃には花をメインに据え、バラやかすみ草、カサブランカ、ユリなどを扱って生計を立て、鵡川花き生産組合では6年間、組合長を務め、研修を兼ねてオランダなど海外にも飛んだ。傍ら青年団やPTA活動、社会教育委員などを務め、国の内外を問わずさまざまな場所に足を運んだ。
そうした縁もあり、山口憲造前町長が旧鵡川町教育委員会の教育委員に推薦。この頃まだ40歳と、当時では道内でも1、2を争う若さでの抜てきだった。さらに3年前、教育長就任の打診を受けた。人生のターニングポイントを迎え、「竹中喜之町長から頼まれて、可能性としてもやってみたいと思った」。悩んだ末に「自ら築き上げた農業の経営を息子に託し、たった一度の人生、期待に応えたい」との一心で腹を決めた。
これまで学校給食センター設置に尽力し、農業出身者の視点で穂別メロンなど町内の特産物をメニューで提供。町の1次産業について学ぶ機会を設けるなど食育の推進に努める。「むかわにはこれだけおいしい食べ物があるということを子どもたちに教えてあげたい」と意気込みを語る。
また、地域で進めている町の自然や歴史、文化などについて学ぶ「むかわ学」の推奨や自身が国内外で積んだ多くの経験を踏まえ、「今度はみんなにチャンスを与えてあげる番」だと言う。町で取り組んでいるオーストラリアへの中高生海外派遣研修事業や広島平和の旅派遣事業は「視野を広げる機会になるし、成長できるチャンス」と積極的に子どもたちを送り出す活動にも力を入れる。
教育長になって3年がたち、今年10月1日から2期目に突入した。少子高齢化や歯止めがかからない人口減少、さらにさまざまな町の課題に向き合う。
昨年9月、胆振東部地震で被災した。震災からの復興と山積みの問題に追われる日々。「(教育長に就任して)最初の3年は試練の連続だった。そしてこれからの3年は復旧と復興、いかにして元の生活に戻せるのか。今の私たちに課せられた宿題です」と目の前にある仕事に全力を注ぐ。
(石川鉄也)
長谷川 孝雄(はせがわ・たかお) 1958(昭和33)年11月、旧鵡川町生まれ。鵡川高校、拓殖大学北海道短期大学を経て、実家で就農。鵡川花き生産組合の組合長、道青年団協議会会長などを務めた。
教育の分野では旧鵡川町青少年問題協議会委員、社会教育委員などを経て99年6月に旧鵡川町教育委員会の委員に就任。旧穂別町との合併に伴って2006年3月からむかわ町教委の委員、5月から教育委員長。16年10月に教育長となり、現在に至る。今年10月には2019年度地方教育行政功労者表彰(文科大臣表彰)を受けた。むかわ町在住。