真冬に植物観察をしようというのは、それほど奇妙な話ではない。花々にとって無駄な四季などあるはずがない。冬にはどんな様相を呈しているのか、樽前山(標高1041メートル)の斜面に広がるお花畑を訪れた。
この山には、二つの夏山登山ルートがある。一つは7合目駐車場から南東斜面を時計回りに東ピークに至る一般的なコース。もう一つは北東斜面を横切り、932峰との鞍部を経て大きく反時計回りに東ピークに到るコースで、前半にあるなだらかな北東斜面に濃密な高山植物群落があるため、一般に「お花畑コース」と呼ばれている。そのお花畑を目指した。
7合目ヒュッテ前を出発して少しの間の樹林帯を抜けると、行く手は本来の背丈の半分ほどを雪面に突き出した樹木や岩がまばらに散在する北東斜面である。積雪の厚さは1メートル強か。
その斜面を、真冬の太陽が低い空から照らし続けている。斜面を吹き下る風がブラシをかけるので、雪原は氷化して固く、それでもスノーシューの歩を進めるたびにわずかに沈みながらガサガサと音を立てる。
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この山では、森林限界(高山などで森林が尽きる限界)付近から山頂までの間に100種類ほどの植物が確認されており、その多くがこの北東斜面のお花畑で見られる。開花時期に最も目立つのはイソツツジで、白い花が樹林帯越しに見える支笏湖になだれ落ちるように咲き群れる。
他にマルバシモツケ、ミネヤナギ、シラタマノキ、コメバツガザクラ、イワブクロ(タルマイソウ)など。この雪原の下に、それらが眠る。
近年、それら在来の植物の他に幾種かの外来植物が姿を現している。意図するか否かにかかわらず、従来分布していなかった種が人間の行為に関連して持ち込まれたものを外来植物と呼び、「生態系を狂わせる」と問題視されている。
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なだらかなお花畑も、標高800メートルほどから上は、斜度20度ほどの急斜面になる。強い風に吹き飛ばされて積雪は20センチも無い。あちこちに岩が黒く頭を表し、よく見るとその岩陰に、コメバツガザクラが数株、冬芽を赤々と燃やしていた。矮小(わいしょう)な背丈、分厚く小さな葉が、低温と乾燥、強風から身を守っている。
そういえば、7合目駐車場で増えるフランスギク、セイヨウタンポポ、エゾノギシギシや駐車場に続く森林にまで進出しているオオバコなどは、お花畑にまでは入り込んでいない。理由として考えられる一つに、今目前にある冬の厳しい自然環境がある。気温氷点下15度で風速10メートルだと、体感温度はマイナス25度にもなる。冬の乾燥した強風が水分を奪う。体にそれに耐える仕組みを持たない外来植物たちに、この厳しさは耐えられまい。
(一耕社代表・新沼友啓)
雪の中の温かさ
雪の中は、想像するよりもずっと暖かい。身近ではキャベツなど野菜の雪中貯蔵の例があり、雪中では常に温度0度、湿度90%ほどで保存できるという。お花畑の沢地の吹きだまりに雪洞を掘って入り「寒さ」を体感すると、穴の中は思った以上に暖かかった。外は気温氷点下11度、風速も7~8メートルはある。すると体感温度は、氷点下20度近いはずだ。しかし、高さ1.5メートル、大人が2人入れる雪洞の中は、同2度までにしか下がらなかった。