ロシアがウクライナに戦争を仕掛け、G7が対ロ禁輸を決断して以来、私はウラジオストクに住むロシアのパートナーとの連絡を一切絶ったことを本稿で以前触れた。禁輸措置は明確な戦争行為だ。政府の戦う意志に一国民として従い、プーチンの暴挙へ抗議の意思を示すためでもあった。秘書を介し、以来、メールも電話も一切のやりとりを断った。
ウクライナのオデーサ出身の陽気なヤロスラフ、ユル・ブリンナーそっくりで冷静沈着なアンドレイ。このコンビが先週、実に5年ぶりに当社の札幌のオフィスを訪れた。「禁」を解いたのには訳がある。彼らがプーチンのロシアに見切りを付け、アラブ首長国連邦(UAE)の永住権を取得し、ドバイに居を移して再起を図る行動に出たからだ。
ヤロスラフは白いものが増え、少し痩せたように思う。アンドレイの冷静さは変わらないが、お互い五つ歳を重ねたことはしみじみ感じた。目が合った瞬間、自然とハグすることに。戦争が引き起こしたわだかまりが一瞬にして消える感じがした。
私たちの合弁会社は、日本の城の石垣からヒントを得た柔構造の耐震擁壁工法を極東ロシアで展開するため2008年に設立した。その後、ウラジオストクのランドマークとなる全長2100メートルの金角湾大橋の建設プロジェクトの受注に成功。イタリア製の生コンプラントを持ち込み、当社の歴史に残る不眠不休の連続打設を経験した。元請はTMKという地元の橋梁会社だが、「あの橋は日本人がつくった」と地元の誰もが知っている。
新天地のドバイでは日本生まれの擁壁工法を設計折込し、現地のコンクリートメーカー3社に生産を委託してビジネスを立ち上げる、というからたくましい。「ロシア系だと警戒されるが、日本の会社がバックにいると伝えると相手の態度がコロッと変わるんだよ」。つまり技術とブランドを引き続き使わせてほしいというお願い。断る理由はない。
昔を懐かしむだけでなく、未来の話ができてよかった。しかし、彼らが新天地として飛び込んだ中東の地政学上のリスクは隠しようもない。”パレスチナ”を巡る一神教同士のぶつかり合いは互いに容赦ない。4人の人質奪還のために210人もの殺りくをいとわない。その苛烈さに人心は離れ、憎悪の連鎖を生み出してしまうだろう。相手に対する不寛容は、戦術的な勝利をもたらしても、戦略的には負けに転じることがある。双方自覚すべきだ。
一神教の陥りがちな「右か左か」ではない、深い知恵がわが国にはある。祖霊信仰に基づく神道の伝統的な世界に、当時大流行のグローバル思想となっていた仏教が持ち込まれようとしたとき、私たちの先達は国家分裂の危機をどう乗り越えたか。「右も左も」どちらも排除しない道を選んだのだ。聖徳太子が定めた十七条憲法の第一条「和をもって貴しとなす」は、外来をオプティマイズして同化させていく日本の知恵、日本の精神、その後育まれることになる日本の国柄そのものといえる。
7月3日からお札のデザインが変わるという。「近代日本経済の父」渋沢栄一の偉業は分かるが、わが国の最高額紙幣にはやっぱ聖徳太子が似つかわしいと思う、キナ臭すぎる今日この頃である。
(會澤高圧コンクリート社長)