看護師の仕事も家事や育児も、すべて完璧でなければならないと思い込んでいた10年ほど前。追い詰められた心と疲れた体が発するSOSを、鎮痛剤でごまかしながら日々を過ごしていた。
そんな闇を払ったのは、リンパマッサージだった。凝り固まった体が解きほぐされ、元気を取り戻した。弱さも含めた自分らしさを大切にして生きたいと考え、同じように苦しむ人の力になれるようリンパマッサージのサロンを自宅で始めた。
”一生の仕事”と思っていた看護の現場から離れたが相手の体に触れ、ぬくもりを通い合わせながら癒やしを与える今の生き方には看護と通じる部分があると感じている。「人はいつか死を迎える。最期に『楽しかったね』と言えるような、お手伝いができれば」
空知管内砂川市出身。医療現場で活躍する看護師の姿に憧れを抱き、看護の道に進んだ。同管内などの病院で働いた後、29歳の時、結婚を機に苫小牧市へ。看護師の仕事を続けながら2年後、長男を出産。それから3年後に二男も授かった。
温かい家庭を築き、仕事にも恵まれ、幸せいっぱいのはずだったが看護師として、妻として、母として100点満点の理想像からは程遠い自分へのふがいなさに苦しむ毎日だった。「あすまた会えると思っていた患者さんが亡くなってしまう現実を目の当たりにし、『今を精いっぱい、全力で生きなきゃ』と肩に力が入っていたのかな」と振り返る。
鎮痛剤の服用や整体などでも効果が得られず、わらにもすがる思いでリンパマッサージを受けてみることに。すると、重く、硬くなった体が軽く柔らかくなり、同時に気持ちも晴れやかになった。「なぜあんなに悩んでいたのだろう。ありのままの自分でよかったのに」。心に余裕が生まれ、自身の生き方を見詰め直した。
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リンパマッサージに救われた経験を生かしたい―と、技術や知識を習得。2015年秋、市内明野新町にある自宅の一室を改造し、リンパドレナージュルームCheer Smile(チアースマイル)を開業した。当初は看護師の仕事と両立させていたが、20年間務めた看護師を20年に辞めてサロン業に専念することにした。
資格を取得し、がん治療などで生じたむくみをケアするプライベート看護サービスに着手。加えて自身が確立させた技術を伝えるセラピストの養成講座も始めた。サロンのみならず、自宅や施設、病院などで当たり前のようにリンパケアを受けられる環境整備に努めてきた。
キャリアを積む中で、新たな目標が生まれた。誰もが安心して最期まで暮らせる地域づくりへの貢献だ。看護師や保健師など医療現場を経験した起業仲間とチームを組み、互いのスキルを生かし合えるようなネットワークづくりをしたいと考えている。
「安心できる地域づくりに必要なのは対立や競争ではなく、尊重と調和だと思う」。一人ひとりが自分らしく輝き、つながり合うことでより良い未来を紡いでいけると信じている。(姉歯百合子)
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働き方の多様化や社会構造の変化が進む中、苫小牧市内でも女性による起業が活発化している。自身の経験や知識、技能を生かした仕事を通じ、人と人がつながり合う心豊かな社会の実現を目指す女性起業家を紹介する。全6回。