奨学金制度を主宰する私は、還暦を迎えた頃からサンドロという10代半ばのフィリピン人少年を援助するようになった。
サンドロは生まれながらにして肢体に重度の障害を持ち、そのせいなのかどうか、生後間もなく父親が出奔してしまう。さらに母親も、乳飲み子のサンドロを残して、恋仲になった近所の男性と駆け落ちしてしまった。
両親に捨てられたサンドロは、十数年間ずっとお祖母さんに面倒を見てもらっている。
お祖母さんは、私の母親の年代に近い、かなり高齢の方に見えていた。痩せこけており、顔も手足も妙に皺(しわ)っぽい。たとえがどうかと思うが、彼女を知る現地の人々は、アメリカ映画『E.T.』に登場する、地球に取り残された異星人によく似ているといっている。
何度か奨学金の支給日に顔を合わせるようになり、親しくなったお祖母さんに気軽に声をかけてみる。
「女手ひとつでさぞや苦労してきたんだろうね」
「そうさね、思い起こせば苦労ばっかりの人生だったね」
「でも長い人生、いいこともあったのでは?」
「なんもねえよ。だから、早く天国にいきたいねえ。いつお迎えがきてもいいんだ」
「まだお孫さんが小さいんだし、そんなこといわずに、ねえ、元気を出してください。黙っていたって、そのうちお迎えがくるでしょうから」
今の時代なら、ちょっとモラル・ハラスメントっぽい発言だろう。が、お祖母さんとは冗談をいえるほどの関係になっていたということで勘弁していただきたい。
そんな軽口を叩(たた)きながら、年齢を尋ねてみれば――。
唖然(あぜん)呆然(ぼうぜん)、しばし絶句あるのみ。
なぜならば、お祖母さん、なんと、この私よりも若いというではないか。
そうなのだ、アジアに生きる人々は、特に女性たちは、いやおうなく苦労が顔に出るのだ。サンドロのお祖母さんのように、苦労の多い人生を歩んでいると、50歳前後にして、老人と見まごうような風貌になることが決して珍しくない。
私は、彼女のように深い皺(しわ)を刻んだ顔が嫌いではない。いや、その人生と来し方に思いをはせると、むしろ好ましいとさえ思ってしまう。皺(しわ)っぽい面構えは、アジアの片隅でたくましく生きる女性の勲章といってもいいのではないだろうか。
★メモ 厚真町生まれ。苫小牧工業高等専門学校、慶應義塾大学卒。小説、随筆などで活躍中。「樹海旅団」など著書多数。「ナンミン・ロード」は映画化、「トウキョウ・バグ」は大藪春彦賞の最終候補。浅野温子主演の舞台「悪戦」では原作を書き、苫高専時代の同期生で脚本家・演出家の水谷龍二とコラボした。