その人は花火を見るのが苦手だった。白血病で27歳の若さで亡くなった前妻の夏目雅子さんと最後に見たものが、彼女を抱きかかえた病室の窓辺での花火だったからだそうだ。彼女をベッドに移し、電気を暗くした後も夜空を焦がす光彩は、容赦なしに病室に飛び込んでいた。圧倒的な数の花火の見物客。しかしそのすぐそばで、沈黙している男女が存在するのを知る人はいない。〈それが世の中というものである〉とエッセーで書く。
敬愛する作家の伊集院静さんが亡くなった。酸いも甘いもかみ分けて、大人の生き方を教えてくれた。昭和30年代の瀬戸内海の島を舞台にした代表作「機関車先生」では、北海道から来た代用教員と7人の児童との交流を描き、のちに映画化された。自伝的小説の「いねむり先生」では、夏目さんの死後、酒やギャンブルに溺れた日々から立ち直るきっかけをつくってくれた阿佐田哲也こと、作家の故・色川武大さんとの出会いを描いた。
週刊現代に、4年前のエッセーが再録されていた。〈人の死は、残った人に、ひとりで生きることを教えてくれる。それが通過すると、その人は少しだけ強くなり、以前より美しくなっているはずだ〉。彼のメッセージの「さよならの力」は、きっとある。そう信じている。(広)