小樽が、熱い

  • 土曜の窓, 特集
  • 2023年12月9日
小樽が、熱い

  男友達と、その友人の男性と3人で東京・下北沢のカフェバーにいた。わたしはハーブティー。初めて会う中肉中背の人の良さそうな男性は昼からビールをあっという間に飲み干し、忙しそうな店員さんに何度も「あ、ビールを、すみません」と申し訳なさそうに頼んだ。

   「あ、私、中小企業の社長です~特技は土下座です~いつ謝りにいかなきゃならないか分かりませんからね~スーツ着てるんですわ~はっはっは!」とおいしそうにビールを飲み干し、「ビールは店側からするともうかりませんよ、薄くできませんからねえ、他の酒は、ほら水で薄めても酔ってるから客は分かりませんから。飲むならビール!ビールですよ!」と笑った。社長のあけすけな人柄も手伝って初対面だが緊張感のない緩い空気が流れていた。

   「昼から飲みますねえ」「いや、きょうはもう、ええ、大丈夫ですんで」「この後仕事なんですよね?」「いえいえ、もう、きょうは大丈夫ですんで!」「何が大丈夫なんですか?」「いやいや青木さん詰めますねえ!はっはっは!」「詰めるのが得意でしてね」とわたしは低い声で言った。男友達が、くくくと笑いながら赤ワイン片手にそのやりとりを見ていた。

   「青木さん青木さん、ご存じですか?」社長が、ぐっと近づいて聞いてきた、そして答えを待つことなく続けた。「小樽です。小樽が熱いんですよ! これからは!」「はい?」「ご存じですか? 小樽」「はい」「青木さん行かれましたか?」「いえ」「港町でね、かつて栄えてましてね、大好きな町ですよ」

   そうなんですね、と言いながらスマホで小樽と検索すると、ライトアップされた運河沿いの美しい画像が出てきた。雪の景色も幻想的。オルゴール堂なるものが。すてき。「小樽が、熱いんですよ。私の好きな小樽が」「聞きました」「なぜかって?」「それは聞いてません」社長はわたしを無視して言った。

   「北海道新幹線ですよ、いよいよ、通りますから。これで全国が新幹線でつながるわけですからね。全国民が小樽を目指すわけですよ」男友達は「沖縄は新幹線ありませんし、全国民が行くわけないですけどね、まあ、なんでもいいですよ、俺は赤ワインさえ飲めれば」と、くくくと笑った。

   わたしは小樽の画像と2杯目のハーブティーを楽しんだ。小樽に思いをはせる下北沢の昼。(タレント)

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