記憶

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  • 2023年11月1日
記憶

  町村合併後のむかわ町穂別地区には、2014年度に同地区内の全戸に配布された貴重な本がある。穂別・高齢者の語り聞き史「大地を踏みしめて」。A5判、上下2冊、計613ページの大冊だ。

   旧穂別町ではこの25年前に、明治期に生きた古老らが記憶する町の歴史などをまとめた「翁媼八十代(おうおう・やそよ)の踰邁(ゆまい)を語る」が出版されており「大地を―」は、昭和編だ。

   前書きによると、「翁媼―」の出版からしばらくして、大正、昭和初期生まれの高齢者から提案があったそうだ。「われわれの体験や、親や爺様たちから聞いた話を次の世代に伝えておきたい。本にして残せないか」。自分史は住民史、産業史、地域史の基礎となる貴重な記憶―と、賛同した有志が10年「穂別・高齢者の語りを聞く会」を設立し原稿を募集した。開拓、戦争、疎開、炭坑―。記憶に血が流れていった。書くのが苦手な人の所には会員が何度も訪れ、納得するまで聞き書きをした。最終的に97人が投稿したものの出版までに16人が他界した。

   先日、穂別に住むおばの一人が亡くなった。95歳だった。「大地を―」に、おばの原稿のあったことを思い出して改めて読んでみた。丸顔でいつも笑顔のおばが、耳元で話しているようだった。(水)

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