成田空港からフィリピンへの出発当日、航空会社のカウンターでのこと。荷物が重量オーバーなので超過分の支払いが必要だという。
「5万円の追加料金が発生します」
係の女性がごく事務的にいい放った。
実はこの私、物書きとしてお世話になってきたアジアに少しでも恩返しすべく、現地の子どもたちに学用品を送り届ける運動を長らくやっている。今回フィリピンに持参する荷物がとんでもなく重いのは、大量の援助物資を二つの大きなバッグに詰めこんでいるからだ。予算の関係で、予定外の超過料金はちょっと困る。思わず言葉が口から出ていた。
「同行する友人がいて、彼の荷物が軽いので私の分と合算してください」「その方のお名前は?」「ええと……斉藤さんです」「そういうお名前、搭乗者リストにございませんけど」「あっ、鈴木さんの間違いだ」「下のお名前は?」「ええと……鈴木一郎さんです」
そんな名前の搭乗者はいない、と見透かすような冷たい目でいわれる。そこで私は、重量オーバーの荷物を運ばざるを得ない事情を、フィリピンの貧しい子どもたちを助けようとしている事情を、駄目元で説明する。他でもない、乗るのはフィリピンの航空会社だった。が、係員が素っ気なく私の言葉をさえぎる。
「規則で私にはどうすることもできません」
こっちがあれこれご託を並べても、係員は「規則ですから」の一点張りだ。
諦めの悪い私は、いかに現地のストリートチルドレンの暮らしが大変なのかを身ぶり手ぶりをまじえて切々と訴える。
一つ大きなため息をついた彼女が席をはずし、奥にある電話で何やら話しこんでいる。やりとりにずいぶん時間がかかっているので、申し訳ない気分になってくる。おとなしく規定の料金を払うしかないだろう。
ところが私のところに戻ってきた係員が初めて白い歯をのぞかせてほほ笑んでみせる。
「お客さまの個人情報を調べさせていただきました。結果、上席の指示で特別な優遇措置が適用されることになりました」
なんと荷物にかかる超過料金を免除してくれるというのだ。私が主宰する内山アジア教育基金のことをサイトで検索してみると、フィリピンのために役に立っていることがわかったのだとか。荷物の超過料金のために、思いがけず尽力してくれた係員に後光が差して見えたのはいうまでもない。
ちなみにこういうケースはきわめて例外的なので、いらぬお世話でしょうが、どうか似たようなマネをしないようにお願いします。
★メモ 厚真町生まれ。苫小牧工業高等専門学校、慶應義塾大学卒。小説、随筆などで活躍中。「樹海旅団」など著書多数。「ナンミン・ロード」は映画化、「トウキョウ・バグ」は大藪春彦賞の最終候補。浅野温子主演の舞台「悪戦」では原作を書き、苫高専時代の同期生で脚本家・演出家の水谷龍二とコラボした。