「先生、先生と呼ばれているとばかになるから、啓子、私がそうなったら教えてほしい」という文言だったかどうかは定かではないが、大学の恩師がそんなことを言っていたことを今でも覚えている。
「先生」とは、本来、指導する立場のある人に対する敬った呼び方である。教員や医師などに対して使われるが、現代は敬っているか否かにかかわらず、全く指導的立場にない人にも使われることがある。「よ、先生!」「よ、社長!」など、見ず知らずの人に呼び掛けるケースなどで、そう言えば、呼ばれた相手が気持ちよくなるだろうという暗黙の前提がある。「先生」や「社長」という言葉で、「あなたは偉い人だ」「あなたを敬っている」と表現する。もちろん、本心とは限らないということは言うまでもない。
「先生と呼ばれているとばかになる」と恩師が言ったのは、私たちは大学教員や日本語教師という仕事をしているにすぎず、偉くもなければ敬われているわけでもない、勘違いするなと戒めを込めてえん曲的に伝えてくれたのだと思う。
今、私が親しくしている大学教員や日本語教師の人たちは、往々にして「先生」ではなく、「さん」で呼んでほしいと言う。仕事を離れれば、先生でもなければ校長でもない。肩書取れればただの人だからだが、呼称とは恐ろしいもので、時々、そのことを忘れて「先生」が顔を出す。ばかにならないよう、恩師の言葉を思い出して過ごさなければと思うきょうこの頃である。
(HISAE日本語学校校長・苫小牧)