思い入れのある映画 加藤(かとう) 千昇(ちしょう)

  • ゆのみ, 特集
  • 2024年5月11日
思い入れのある映画 加藤(かとう) 千昇(ちしょう)

  大学を卒業して、周りの反対を押し切って就職した映像制作会社では、主に国内のミュージックビデオの制作に携わっていた。大変な仕事だとは聞いていたけれど、自分の「好き」を信じ込んで就職を決めた。休日が少ないどころか、ほとんど家に帰ることもできない日々の中で、完成する作品や撮影で関わるアーティストの姿に力をもらって現場に立ち続けた。

   一度だけ、映画の制作にも携わった。その作品は、「フジコ・ヘミングの時間」というタイトルで、ピアニストとして活躍するフジコ・ヘミングさんを追ったドキュメンタリー映画だった。公開時には例によって時間がなく自ら映画館に行くことはできなかったが、上映を見た友人や家族から、スタッフクレジットに一瞬現れる自分の名前を見たことを聞くたびに、忙しい日々が報われるような気持ちになり、うれしかった。

   先日、フジコ・ヘミングさんが亡くなった。ほんの一スタッフとして関わっただけではあるが、彼女の演奏を聞きながら自分にとっても思い入れのあるその映画を今思い出している。穏やかに話しながらも奥に力強いまなざしを見た瞬間や、ホール全体に響き渡る繊細なピアノの演奏一つ一つを思い返して、仕事ではない形でコンサートに行ってみたかったと悔やむ気持ちを抱いた。

   とても厳しい日々だったあの頃、ただしんどかったというよりも、やっぱり楽しかったなと思えるのは、時間がたったからというのも多少はあるけれど、やはりアーティストの作品が今もこれからも生き続けるからだと思う。

  (厚真町地域おこし協力隊)

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