国の天然記念物「奈良のシカ」を巡り、保護活動に取り組む団体に所属する獣医師が「内部で虐待が疑われる」と県と奈良市に通報したことが波紋を呼んでいる。団体は「虐待は一切ない」と強く否定。県と同市は実態調査を進めており、月内にも結果が公表される見通しだ。
通報したのは、2018年から「奈良の鹿愛護会」でけがなどをしたシカを診察してきた丸子理恵獣医師。同獣医師によると、愛護会が運営する保護施設「鹿苑」のうち、農作物などに被害を与えたシカを収容する「特別柵」と呼ばれるエリアで虐待があったという。同獣医師は「栄養価が低い餌を与えたり、死亡した雄シカが通常の平均体重を大きく下回ったりしていた。何度も改善を訴えたが変わらなかったので通報した」と話す。
これに対し、愛護会の山崎伸之事務局長は「虐待は一切ない。適正に餌や水を与えている」と真っ向から否定する。「雄シカは角を生やす際、全身の栄養を角に集中させる必要があるため、春から夏にかけ毛が抜け、痩せることがある」とも話し、主張は平行線をたどっている。
9月中旬にあった通報を受け、市は現地調査を開始。調査を担当する稲葉好之保健衛生課長は「これまでのところ、極端に痩せていたり、毛が抜けていたりする個体は見当たらなかった。専門家にも意見を聞いた上で調査報告書を発表する」と語る。市は動物愛護法に違反する行為が確認された場合、行政処分も検討している。
「奈良のシカ」は、奈良公園や周辺の山林などに生息するシカを指し、保護対象となっている。ただ、特別柵のシカは農作物に被害を与えており、保護には異論もある。愛護会にシカの保護活動を委託する県の山下真知事は「そもそも農作物を荒らしたシカを収容すること自体どうなのかを考えていかなければならない」と話した。