第3部 1 下ばかりみてられない 「10分遅かったら…」  被災体験中学生に語る むかわ町 工藤弘さん

  • 特集, 胆振東部地震から5年 今を伝える
  • 2023年9月14日
中学生に自らの被災体験を語る工藤さん=8月下旬、鵡川中学校

  「もし、あの時、家を出るのが10分遅かったら…」―。8月下旬、むかわ町役場本庁舎横でたい焼き店「いっぷく堂」を営む工藤弘さん(70)が、5年前の胆振東部地震で受けた自身の被災体験について、地元の中学生たちに語った。

   見せた写真は1階部分がペタンと押しつぶされた自宅兼店舗の様子。生々しい中身を見て息をのむ中学生に対し、「でも、前を向いて生きていかないとな」。表情にはすがすがしささえ漂っていた。

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   震災前、町内松風で新聞販売店を営み、併設するたい焼き店は町内外から客が訪れる人気店。穂別地区で発掘されたハドロサウルス科の恐竜「カムイサウルス・ジャポニクス」(通称むかわ竜)をかたどった「恐竜たいやき」が恐竜ファンの心をつかむなど、多くの人に親しまれてきた。

   2018年9月6日未明、大きな揺れに襲われたのは、朝刊の配達に出掛けて約10分後だった。事の重大さを感じながら自宅に戻ると、店舗を併設していた自宅1階は押しつぶされ、2階の部屋が地面まで崩れ落ちていた。「昼間の地震だったら、火事になったかもしれない。店がつぶれた時に、そのまま亡くなっていたかもしれない」と振り返る。

   一方で「いつまでも下ばかりみていても仕方がない。どこかで切り替えないと」と開き直った。19年4月から町が整備した仮設店舗で営業を再開させた。誰とでも気さくに接し、自身が被災したことを感じさせない持ち前の明るさで、気遣う周りを逆に元気づけてきた。

   被災から3年を前にした21年6月、意を決して引っ越した住居の敷地内で車庫兼倉庫を自ら改修し、新たな店舗のオープンにこぎ着けた。町民はもちろん、町外からも多くのファンが花束を持って駆け付けるなど再出発を祝福。人が人を呼ぶように一人が店に入ると、一人、また一人と買い物客が足を運んだ。

   たい焼きだけではなく、恐竜の縫いぐるみやキーホルダー、昨年からはしょう油や焼き肉のたれ、ポン酢など商品の取り扱いを拡充し、さらにリピーターを増やしており、「皆さんのおかげで何とかやってこれた。ここに引っ越してよかった」と笑顔を見せる。

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   最近は町外からの依頼も入るようになり、イベントでたい焼きを売る機会も出てくるなど大忙し。「元気にやっていると、お客さんも来る。暗いところには誰も来ないから。大変だけど頑張るよ」と語る姿は力強い。

   今年70歳になったが、「生きているうちはやるよ。今、お店に来てる子どもたちが何年かたった時に、『あのオヤジ元気だべか』って思って来てくれたら面白いよな」。そんな青写真を描く。

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   2018年9月に発生した胆振東部地震から5年がたった。実際に被害を受けた人、震災後、被災地に根を張って生きる人たちの姿を追った。

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