胆振東部地震で大規模な土砂崩れが相次ぎ、37人が死亡するなど甚大な被害を受けた厚真町では、町民でつくる吹奏楽団の指揮者だった松下一彦さん=当時(63)=が犠牲となった。今春、不在となっていた指揮者を引き継いだ山野下誠さん(52)は「松下さんが築いた温かい楽団を残したい」との決意を胸に、タクトを振る。
厚真町民吹奏楽団は1986年に結成。週1回練習を行い、町内のイベントなどで演奏してきた。指揮者不在のまま、震災約2カ月後に活動を再開したが、新型コロナウイルス拡大で2020年に休止。22年秋から再び活動を始め、現在は中学生から70代までの男女約20人が所属している。
松下さんは土砂崩れに巻き込まれ、息子と共に亡くなった。最後の練習は地震の2日前で、チューバ担当の下司義之さん(63)は「いつも通りの練習。これが最後になるなんて思わなかった」と振り返る。
山野下さんは地震の翌日、悲報に接した。「頼りになる兄のような存在だった」という松下さんは、大きく通る声で「よくそんな難しいのが吹けるなあ」と団員をほめながらまとめていた。他の楽団から「温かいバンドだね」と言われたこともあり、「松下さんが空気をつくってくれていたから」と話す。
サックス担当の川本清美さん(62)は、松下さんとは40年来の付き合いだった。「地震の直後は『松』の字を見ただけで涙が出た」という。練習中、松下さんが言う冗談に点数を付け、笑い合った。「度量の大きい人。優しいけど言うときは言う、しっかりした人だった」と惜しんだ。
山野下さんは今でも「松下さんならどうするか」とよく考える。コロナ禍を経て本格的に活動が再開し、「仲良く助け合いながら、松下さんが築いてきたものを次の世代に残していきたい」と語った。