大切な居場所 磯崎(いそざき)文盛(ぶんせい)

  • ゆのみ, 特集
  • 2023年8月31日

  二十歳前後の頃、アイヌ民族である萱野茂さんの著書「アイヌの碑」(朝日文庫)を初めて読み、その柔らかい文から温和で清らかなお人柄が伝わってきて、心が打たれたことを今でも覚えています。

   当時、私はほぼ家に引きこもりのような状態で、世の中のいろんなものを空虚に感じていました。ぽっかり空いた心に、萱野さんの純粋で謙虚な言葉は優しく染みました。

   この著書にたくさんあるお話の中から、私の好きなエピソードを少しだけ紹介させていただきます。萱野さんのお父さんは雪が降り始める頃、ウサギのわなを仕掛けていました。これは萱野さんとお父さんが狩りに出掛け、ヘピタニ(自らはじける木)という方法でウサギを捕まえた時のお話です。

   ウサギは脂のとても少ない動物で、前脚の付け根に人間の小指の先ほどの脂肪の塊がぽつんとあります。萱野さんのお父さんはその小さな塊を大げさに両手いっぱいに受け止め、2度、3度と礼拝し、「ウサギの神様、脂肉をたくさん背負ってきて、ありがとうございます」とお礼をしたそうです。その姿を見て「狩猟民族としての精神は忘れていなかったのです」とうれしそうにつづられています。私はこのお話に自然環境と調和した、人の心の豊かさや美徳を感じました。

   昨今、不登校や引きこもりの子が増加し子どもの居場所づくりが全国的に注目されていますが、萱野さんがお父さんに感じた温かで純朴な大人の内面も、子どもにとって、また私たち大人自身にとって”大切な居場所”のように思います。

  (いぶり勧学館館長・苫小牧)

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