終戦から9カ月後に開かれた極東軍事裁判(東京裁判)。戦争指導者たちは何を主張したか。戦後最高のコラムニストと評された深代惇郎さんは「指導者の誰もが戦争を望まなかったが、戦争は天変地異のごとく起こったような錯覚さえ持たせる」と書く。戦後78年目の夏が行く。
2年前に90歳で逝った「歴史探偵」こと、半藤一利さんの「ノモンハンの夏」(文春文庫)を読み直した。開戦2年前。満蒙国境で日ソ両軍の戦闘に拡大し、日本軍が壊滅的な打撃を受けたあの事件だ。盟友の司馬遼太郎さんが最後に取り組もうとしたが、果たせなかったテーマ。共に取材した半藤さんが書き上げた。陸軍上層部の超エリート集団が教訓を無視し、開戦につながる悲劇を克明に追う。
半藤さんは名著「昭和史」(平凡社)で、日本人のみならず膨大な犠牲者を出したあの過ちを繰り返さないための教訓を挙げる。▽国民的熱狂をつくってはいけない▽最大の危機において日本人は抽象的な観念論を非常に好む▽日本型のタコツボ社会における小集団エリート主義の弊害…。歴史を学ぶことの大切さを強く説く。ただそれは正しく、きちんと学ぶの条件の下で。その意思がなければ「歴史はほとんど何も語ってくれません」―。歴史探偵の言葉が心に響く。(広)