(上)戦争の記憶子どもたちに 語り継ぎ、受け継ぐバトン

  • 平和の誓い明日へ, 特集
  • 2023年8月16日
恒久平和の実現に向け、平和祈念式典で決意を述べる中学生=15日、苫小牧市民会館

  「世界で戦争がなくならない中、私たちに何ができるのかを考え続けることを通し、平和のバトンをつないでいきたい」

   苫小牧市の中学生広島派遣事業で7月、被爆証言者の豊永恵三郎さん(87)=広島市=の話を聴いた沼ノ端中学校3年生の海沼来伽(らいか)さん(14)は、市民会館で15日に行われた市主催の平和祈念式典の壇上で力を込めた。

   広島派遣事業は原爆の実相と平和の尊さを子どもたちに学んでもらおうと、戦後50年の1995年にスタート。市はこれまでに140人の子どもたちを広島へ送り、研修機会を与えてきた。

   研修では被爆の証言に耳を傾ける時間を必ず設けている。当初は広島の平和公園にある被爆アオギリの下で証言を続けたことで知られる故・沼田鈴子さん(2011年に87歳で死去)が協力。近年は沼田さんから活動を引き継いだ豊永さんが、自身の被爆体験や恒久平和に対する思いを子どもたちに語り聞かせている。今年も7月下旬、苫小牧の中学3年生5人を前に講話した。

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   豊永さんは原爆投下当時9歳。爆心地から10キロほど離れた場所にいたため直撃を免れたが、母と幼い弟を探すため街の中心部に向かって被爆した。変わり果てた街の中を、傷ついてボロボロになった人たちがふらふらと歩く地獄のような光景を生徒たちに伝えた。

   最後は一人ひとりの目をしっかりと見詰め、「皆さんに平和のバトンを渡します。平和について自分で考え、行動していってほしい」と呼び掛けた。

   生徒たちは豊永さんから受け取った思いを胸に15日、市民会館で行われた平和祈念式典で平和の誓いに臨んだ。和光中学校3年の井上柊佳さん(14)は「被爆者の証言を聴けたことで、戦争をとても身近に感じた。平和を実現するために自分がどのような行動ができるか、深く考えることができた」と話した。

   壮絶な経験をした高齢者の言葉は若い世代の心を動かす力があるが戦後78年が経過し、戦時中の記憶を持つ人は激減。広島市では被爆証言者の記憶や平和への思いを戦後世代が受け継ぎ、次の世代に伝えていくため2012年度、被爆体験伝承者の養成を始めた。

   伝承者は証言者から投下当時の様子や思いなどを聴き取り、それを広島市内外で伝える活動に取り組んでいる。現在の伝承者は195人。苫小牧市は7月、その中の一人、村上俊文さん(68)=広島市=を迎えた初の講話会を市文化交流センターで行った。

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   村上さんが伝えるのは12歳で被爆し、染色体に異常を来し晩年はがんと闘いながら懸命に平和を訴えた故・兒玉光雄さんの証言。村上さんは、19年度に被爆体験伝承者として活動を本格化させた。兒玉さんが生前繰り返していた「自分のような染色体に異常を持った人間を地球上に生み出してはいけない」「同じような思いをもう二度と誰にもさせたくない」という思いを心に刻み、兒玉さんの証言を各地で伝えている。

   苫小牧での講話会には小学生を含め約50人が参加。参加者から回収したアンケート用紙には、「もっと多くの人に聞いてほしい」「この取り組みを続けるべき」といった感想がつづられていた。市政策推進課の松下政人さん(36)は「戦後80年の節目を前に、苫小牧でも戦前生まれの人は少なくなっている。非核平和を訴えるまちとして今、どのような啓発ができるか改めて考えていきたい」と述べた。

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   苫小牧でも戦後生まれが人口の大半を占め、戦争の記憶の風化が懸念されている。戦争の愚かさや平和の尊さを、どのように後世に伝えていくべきかを考える。全3回。

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