いぶり勧学館の窓ガラスは、1カ所割れている。とある少年がバスケットボールで遊んでいて、足で蹴飛ばした先が、もともと古いアパートの薄い窓。あっけなくパシャンと割れた。
私も子どもの頃から周りの人にはたくさん迷惑をかけてきたし、割れた瞬間の彼の動揺を見ると、怒る気持ちにはならなかった。
彼は「危ないから近づかないように…!」と言っても片付けようとし、散乱したガラスの上をスリッパで踏み、フロア中をあちこち走り回っていた。まずは落ち着くように、「私も昔はよく割ったものだよ」とフォローし続け、やんちゃで責任感の強い彼と一緒にガラスを片付けた。他の子どもたちも来る場所なので、その後の掃除では大変な思いをしたが、あの時彼に言われた「どうして怒らないの?」という言葉は、私の中で宝物になっている。そういえば、私の子ども時代、周りには怒らずにほほ笑んでくれていた大人がたくさんいた気がした。
つい先日、今度は玄関引き戸のガラスが割れた。ご近所の工務店さんから木枠の窓を頂いてそこにかぶせ、中学生の子たちと電動ドライバーで穴を開け、ねじで固定した。ちょっとおしゃれになった。
作業中、1人の男子が「この間、学校で何を作ったと思います? 封筒ですよ。本当はこういう(将来役に立つような)のを教えてほしいよ」と真顔で言った。翌日、私は木枠に年月日とその子たちのイニシャルをこっそり彫り込んだ。
(いぶり勧学館館長・苫小牧)