2019年5月に施行されたアイヌ新法は第1条で、先住民族であるアイヌの誇りが尊重される社会の実現を目的に掲げる。白老町の民族共生象徴空間(ウポポイ)の本質的な役割もそこにあり、民族の血を引く地元住民はウポポイが実現に向けて進む姿に関心を寄せる。
町末広町の北海道アイヌ協会前理事長、加藤忠さん(84)は「アイヌに対する社会全体の空気というか、風向きが好意的なものに変わった印象を持った」とウポポイ開業の効果を語る。アイヌ文化の復興と発信拠点の誕生は、国の強いアピールもあって全国的な話題にもなり、先住民族であるアイヌを多くの国民に知ってもらう機会になった。
かつては民族衣装に袖を通すことをちゅうちょし、アイヌと名乗ることに抵抗を覚える時代を歩んできた。ウポポイの誕生で「アイヌの歌や踊りは魅力的」「アイヌの言葉をたくさん知りたい」といった声を聞くようになったという。「アイヌ文化に学ぼうという気風が生まれるなど、流れは大きく変わったのでは」と前向きに評価する。
しかし一方で、アイヌ政策に批判的な人たちが、インターネット上でウポポイやアイヌ民族を中傷する投稿を拡散させる動きも出た。差別や偏見、人権侵害のような書き込みは続いており、解決への道のりは険しい。加藤さんは差別に目をつぶるわけではない―としながら、「われわれが第一にすべきことは、若い世代にアイヌ文化の奥深さと民族の誇りを継承していくこと」と言い切る。
町高砂町の白老アイヌ協会理事長、山丸和幸さん(75)はウポポイの3年について「アイヌの先人が残したものを学びながら、来場者に伝えていく使命をしっかりと果たしているのではないか」と肯定的に捉えている。ただ、見学者の対応に追われる職員の姿に各地域の同胞からは「(忙しさで)伝承を受ける機会を逃していないか」と心配する声もあり、「若手職員に研修の場をもっと与えてほしい」と課題も挙げる。
今後のウポポイに望むのは「古い時代を知るアイヌの人たちが、コタンゾーンなどで『懐かしい』と感じる場所になること」。綿糸で作った漁網を干す風景を再現するなど、「アイヌ本来の営み、四季の暮らしがもっと感じられる施設になってほしい」と語る。
アイヌ文化伝承者で2021年から町東町に活動拠点を移した宇梶静江さん(90)はウポポイからの発信が全国各地に広がることに期待を寄せる。「若い同胞が集まり、力を合わせて先人の思いを引き継ぎ、身に付けた精神文化をそれぞれの地域で継承していくことを願う」