ウクライナ侵攻中のロシアを揺るがせた民間軍事会社ワグネルの創設者プリゴジン氏による反乱劇は丸1日を経た24日、急転直下で幕が下りた。武力によるプリゴジン氏排除もやむなしという雰囲気が漂う中、身の安全をベラルーシで保証することで妥結。プーチン大統領にとっては、虎の尾を踏むのもいとわない実業家を野放しにした代償は重く、政治的ダメージは大きい。政権は「権力奪取の試み」(メドベージェフ前大統領)と指弾した。
◇金と力と影響力
「ロシア軍がミサイル攻撃してきた」「誰が兵士を殺しているかをはっきりさせよう」 プリゴジン氏は23日夜、声明を連発し、かねてSNSで「口撃」してきたショイグ国防相を糾弾。正義を取り戻すとして、モスクワへの行軍を開始すると宣言した。光景は「軍事クーデター」さながらだった。
ホットドッグから飲食店を発展させ、大統領府への仕出しで「プーチン氏のシェフ」の異名を取ったプリゴジン氏。ワグネルを創設して2015年のシリア軍事介入で暗躍したほか、16年に出資IT企業を通じて米大統領選に介入した。ウクライナ侵攻でロシア軍が劣勢に立たされると、ワグネルは保守派の期待を一気に集めた。
影響力の源泉は、紛争地で得た巨万の富、ロシア内外から調達した武器、そしてSNSのフォロワー数だ。プリゴジン氏がロシア軍を批判しても、おとがめはなかった。ところが5月、「幸せなおじいさん」と呼んで非難した相手がプーチン氏ではないかとささやかれると、大統領府関係者は「プリゴジン氏排除」を口にし始めた。
◇首都に迫る
後手に回ったのはプーチン政権だ。ワグネルが刑務所で採用した戦闘員を含め、前線にいる全員が「英雄」という公式見解を堅持。昨年幾度も撤退したロシア軍と比べ、ワグネルは数万人の犠牲を払ってウクライナ東部の要衝バフムト制圧をもたらしており、むげには扱えなかった。
政治的野心をにおわすプリゴジン氏に対しても同様。最後のロシア皇帝ニコライ2世に取り入った怪僧ラスプーチンにも重ね合わされたが、言動が日に日にエスカレートする中でも、政権が未然に防ぐ万策を講じたとは言い難い。反体制派を弾圧するための常とう手段である「汚職」捜査も反乱前には行わなかった。
24日朝、ウクライナに近いロシア南部ロストフナドヌーがワグネル部隊に占拠される。戦車が都市に繰り出して混乱に陥るのは、チェチェン紛争を除けば1990年代以来。当局が警告した「捜査」「拘束」もプリゴジン氏には響かず、プーチン氏の声明も「英雄の中にいる裏切り者を非難する」という趣旨で歯切れが悪かった。 実際、南部ボロネジ州でワグネルとロシア軍ヘリコプターとの交戦に発展。モスクワへと北上する車列は、中部リペツク州まで達した。
◇撤退に称賛も
その間、水面下ではプリゴジン氏と旧知の仲というベラルーシのルカシェンコ大統領が、プーチン氏の意を受けて電話で仲裁。反乱軍が「身の安全」「免責」と引き換えに投降することで合意を見た。プーチン氏にとっては20年のベラルーシ大統領選後のデモで失脚する危機から救ったルカシェンコ氏に、助けられたことになる。
ロストフナドヌーからの映像によると、ワグネルが24日夜、市民に浴びせられたのは罵声ではなく、撤退決断への「称賛」。殺害の危険を感じて撤退を決めたとみられるプリゴジン氏がベラルーシ亡命後も「政治活動」を続けるかは不明だが、本人は敗北と捉えていないもようで、今後もロシア内政に介入する可能性がある。